暫くは、順調に進みました。
本当は こんなこと順調に進むべきではないのです。
分かっています。
でも 当時は分かっていませんでした。
殺した数は30でしょうか、50でしょうか。
100人なのかもしれません。
そんなこと数えていられませんでした。
これもまた後で分かったことですが、街の自治組織が武装していました。
兵士と戦っていたわけでは無いですが、しかし、同じようなものでした。
幸い、僕はまだ経験を積んでいなかったので 他の兵士に比べて動きが鈍く、僕の前にはいつも敵の方から現れてくれました。
つまり、戦闘員のみが僕の銃口の的でした。
女子供ではなかった。
それは唯一の救いだと思います。
しかしながら、僕はそこそこ銃撃も上手かった。
故に死ぬことはありませんでした。
これについては一概に幸不幸を決める事は出来ませんが、だからこそ僕は生きている、という証明になるのではないでしょうか。
朝から始めた襲撃は、昼になっても収まりませんでした。
若い僕は、食べ盛り。腹が減ってきていました。
しかし、戦闘は終わる兆しを見せません。
視界いっぱいに死体が映るようになっても、尚、誰かが僕に襲い掛かってきました。
僕の弾丸は、尽きる事はありません。
それは、政府の不当な財力のお蔭でした。
しかしながら、僕の方がエネルギー不足となってきていました。
耐えかねた僕は、いつの間にか入り込んでいた自治会のアジトを抜け出しました。
本陣まで戻れば、お握りが一つ支給されることになっています。
上官からは折を見て、受け取りに来い、と言われていました。
勿論、受け取ったら食べながら直ぐに戦場に戻らなければならない、とも言われていました。
それは兎も角、僕は本陣へ向かって走ったのです。
外に出ると、其処は流石にアジトらしく、周りは迷路のような小路となっていました。
と、急に少年が僕の目の前に飛び出してきました。
少年、と言っても 僕より三つ年が離れているか 離れていないかぐらいの男です。
迷彩服がまだ新しく、馴染んでいないように見えます。
そして震える手に銃を構えていました。
しかし、彼の銃の撃鉄は起こされていませんでした。
「馬鹿だな。」
声には出さなかったもののそう呟いて、
僕はいつでも撃てるようにしてある拳銃を構えました。
装備の質でも、財力は物を言います。
相手の銃はただでさえも重そうでしたが、僕の銃は片手で支えられるほどに軽かった。
直ぐに取り出せるのです。
少年の瞳が恐怖に見開かれた様子は忘れられません。
彼は、怖がっていました。
死ぬことを怖れていました。
当時の僕は違ったのか、と思われるでしょうが、 僕は違いました。
国の為なら死んでも良い、とそう 思っていたのです。
だから、不思議だった。
街を守るために戦っているのならば、 別に死んでも構わないのではないか、と。
僕は彼を疑いました。
一瞬躊躇しました。それが間違いだった。
僕が引き金を引いた時、彼の前に人が立ちはだかって居ました。
彼を庇うように 銃口に身を晒していました。
「逃げろ!!」
その声程、力強い言葉を 僕は今までに聞いたことがありません。
怪我している人間が・・・しかも腹部に致命傷を追った人間が発する言葉ではありませんでした。
力強く、聞くものを脅かすような、そんな響きがあって・・・。
少年は、一言も発さず、その場から逃げ去りました。
涙は、流れていたでしょうか?
少年の目元がキラリと光ったような覚えがあります。
僕は、その時何を思ったのでしょう。
きっと何も考えられなかったのだと思います。
或いは、その新しく現れた敵に 圧倒されていたのかもしれません。
撃とうと思えば撃てたものの、僕は結果的に少年を逃がしてしまいました。
「・・・・・・」
人通りのない小路の事、僕は「非国民」と呼ばれる事は無いだろうと思い、倒れた人間に近づきました。
どうせ、もう助からないのです。
返り討ちに遭う事はないでしょう。
僕は 軍国主義ではありましたが、未だ心は持っていました。
殺人を悪い事だとは思っていませんでしたが、悪い事というものは悪いと感じる良心があったのです。
「・・・止めを刺さないのか?」
その人は、黙っている僕に向かって挑発をしてきました。
珍しい事ではありません。
「...」
無言のまま、僕はその人に素早く寄りヘルメットを外して、再び間合いを取りました。
あんな重いものを着けたまま死ぬなんてあまりに惨めだと思ったからです。
しかし驚いた事に、ヘルメットの下から輝く長い金髪がさらりと落ちてきました。
「?!」
「・・・ふふっ。」
その人は女だった。
彼女は、不敵に笑いながら自由になった顔を僕の方に向けると、真顔になりました。
向こうも、何かに驚いたようでした。
「君も・・・少年兵 なのかな?」
女の言葉には失望が込められていました。
その悲痛さは、見ていられない程で、僕は思わず顔を背け、 そっと頷きました。
「君はいくつ?」
「13。」
「大変なんだね。」
女は、しかし困ったように 僕に微笑みかけたようでした。
「<私も君くらいの時、街の為に戦っていたんだ。」
「女なのに13から・・・?」
「強かった、からね。」
僕と同じだ、と彼女に共感してしまう自分を止められませんでした。
強かった、だから虐められて、 心の拠り所は先生と軍国主義・・・。
しかし彼女はこう、言葉を続けました。
「私は、戦いたくなんか、なかったのだよ。
でも家族を守るためには、仕方なかったんだ。
街のために、家族のために、戦いたくは無いけれど戦った。」
「・・・。」
やりたくない事をやる程、苦しいことは無い。
彼女の苦痛僕にも良く分かりました。
何も知らなかった僕でも・・・。
「でも、 人殺しは悪い事なんだよな。如何に理由があろうとも、悪いんだよ。」
情けない事ではありますが、そんな意見を聞くのはその時が初めてでした。
友達が少なかった僕にとって、先生以外の意見を聞く事はそれまで無かったのです。
そしてその言葉を、僕は自分で驚くほど素直に受け入れていました。
否、 思い出していたのです。
その日一日で、撃ち殺した相手を、斬り殺した相手を。
街を、自分達の生きる場所と仲間の笑顔を守る為に、僕を殺そうとした相手を。
確かに 先に襲い掛かって来たのは相手の方ですが、しかし 本当に殺したのは僕の方で。
彼等の妻達は、子供達は、きっと僕の仲間に殺されている。
『街全員皆殺し』
その時になって漸く、自分のやってきた事の恐ろしさを理解し始めていました。
それと同時に、 自分の思想の危うさも...。
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後書き (作:風名 2007.1.15 up:1.27 )
今回は意識している事が2つあります。
一つは完全一人称物語。
そしてもう一つ。
・・・沙羅ちゃんに影響された文体(笑)
ですます調で頑張ってますけれど、 時々素が出てます。
批評等等宜しくお願いします。
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