「君は、さ。」
「はい?」
「戦争、初めてなのかな?」
「・・・。」
女の諭すような口調に、僕は答える言葉を失っていました。
しかし、それを肯定ととったのでしょう。女はそのまま言葉を続けました。
「殺すの、 思ったより楽だろう?」
「あ・・・。」
人の命って 軽いだろ?
そう問われたように感じ、僕は今度は思わず声を漏らしていました。
――  人の命は簡単に散る。 しかし国家は散らない
それが、先生の教えでした。
だから、国家のために働けと、そういう教えだったのです。
僕はその言葉を思い出していました。
けれど、先刻まであんなに信仰していたというのに、全くと言って良いほど共感が持てませんでした。
不思議な事です。
けれど僕は、人の命がいとも簡単に散る事に対して 儚さを覚えていました。
「軽いんだけどさ、でも、それを認めたら 生きるの 辛いよ?」
「どういう・・・ことですか?」
僕は恐る恐る、問いかけました。
この人なら、『生きる理由』を知っているのかもしれない。
 少なくとも、あの軍国主義の教師よりは 解答に近い答えをくれるだろう。
なんとなくだけれど、そう思いました。
「 そうだね・・・。
 結末を知っている小説は、大概読んでいても楽しくないってことさ。」
「結末を知っている小説??」
「そう・・・だ。」
彼女の息は荒かった。
そこで僕は、もう既に僕が彼女を撃ち抜いていた事を思い出しました。
 もう助かる望みはありません。
あまりにも出血が多すぎました。
「・・・私は人生って物語だと、思うのだよ。」
微笑んだような彼女の顔は、美しかった。
この場に、 この戦場には相応しくないほどに とても美しく 強く見えました。
「・・・ 君に、 お願いがあるんだ。」
「はい。」
僕は、 彼女を真っ直ぐに見ました
彼女の、最後になるであろう言葉を しっかり受け止めようと思ったのです。
 遠くで、 否、 そう遠くないのでしょう。
銃声が聞こえ、 人の叫び声が響きました。
 まだ戦いは続いている。
続き続けています。
「・・・人は殺すな。」
女の紅い瞳に僕が、悪魔のような、しかし不安そうに立っている少年が映っていました。
「・・・はい。」
素直に。
 心から頷く事が出来ました。
「だけど・・・」
しかし、彼女の言葉は終わっていなかった。
「 殺されるくらいなら、殺せ。 生きる為に、生かす為に 剣を使え。」
「え・・・?」
僕は 再び言葉を失いました。
当たり前です。
 ・・・人の命を守る為に命を犠牲にした人物に言われるような事ではないと思ったから。
しかし、よく考えてみると彼女は『生かす為』に僕の目の前に飛び出してきたのであり、 それはつまり・・・。
まだ頭の中を整理しきれない僕に向かって、彼女はにこりと笑い言いました。
「生きる事は素晴らしいよ。」
そして、最後の力を振り絞るように立ち上がりました。
その様子を見ながら僕は、この女が守った少年の事を思い出していました。
  僕の銃口を見て、恐怖の表情を浮かべていた彼。
彼はきっと死にたくなかったのでしょう。
  生きる事の素晴らしさを 知っていたのでしょう。
僕はそれを見て彼を見下してしまったけれど、 本当は彼の方が 多くを知っていたと、そういうことなのです。
「もう、僕は・・・」
―― 人を殺しました。
そう言おうと思いました。
生きようともしていないのに、人を殺しました と言おうと思ったのです。
けれど彼女は、僕に向かって人差し指を立てて そして、やはり微笑んだ。
微笑んで、そして 再び口を開きました。
「さて、最後だよ。
 君と私は敵同士。 どちらかが片方を殺さなければならないね。」
「・・・っ?!」
「だけど、私はご覧のとおり。立っているのがやっとの状態。
 どうせ死ぬんだ。 
 ここで2人死ぬよりは、君が生き残った方が良い。」
彼女の笑顔が、 そこで初めて恐ろしく見えました。
「つまり、貴女を 殺せ・・・ と?」
僕はゆっくりと、頭の中を整理するように言った。
 此処まできて、 彼女を殺せと そう言うのだろうか。
「 殺されるくらいなら、 頑張って生きてみろ ってね?」
目元に涙が溜まって来るのが分かりました。
 まともに彼女を見られなくて、 けれど僕は拳銃を両手で構えました。
「・・・ 貴女は唯一 僕に正しい事を教えてくれた人なのに。」
それでも、 僕は無意識にそれを先延ばしにしようと悪足掻きをしていました。
「こんな形で終わるなんて・・・」
「君は母さんの話を聞いてないんじゃないのかな?」
彼女は、今度は優しく 本当に優しく笑んでいました。
「それは・・・。」
「 君の母さんは、 きっと 君の問いに答えてくれるよ。」
本当に馬鹿馬鹿しい事ですが、 一瞬彼女が天使に見えた。
 僕の目の前に 天使が立っているのでは と錯覚しました。
「撃ちなさい。」
僕は言われるままに引き金を引きました。
  パン
彼女が崩れ落ちる姿がスローモーションで僕の目に映りました。
 自分のやった事を、しかし僕は認識していませんでした。
最後まで見届けずに、僕は拳銃の弾を入れ替えました。
涙は、もう 乾いていました。
戦わなくてはなりません。
少なくともこの戦場からは、 生き延びなければなりません。
僕は再び、街の戦いへと舞い戻ったのです。
空は、汚かった。
 もうあの蒼い世界に戻る事は無いのだと 思いながら、
けれど僕は生きようと決意しました。
熱い風が吹く。
何処までも、何処までも、 吹き抜けていきます。
 僕はその風と共に走りました。
真っ直ぐに 真っ直ぐに。
 僕が生きる為に、 剣を振りました。
 仲間を生かす為に、 敵を撃ち抜きました。
只管に 只管に
  曇った空の下で...。

僕はその後直ぐに、官軍を辞めました。
しかし、剣を振る以外の能力が無い僕は、軍隊に所属する他はありません。
  ・・・そこで入った『反乱軍』でのお話は、また別の物語。


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後書き  (作:風名 2007.1.15 up:1.27 )

反乱軍、ってのは持ちネタだったりします。
元ネタは勿論スターウォーズでしょっ。 当然だね。
この後の、「僕」は結構楽しい軍隊に所属する事になる筈です。
良かった良かった・・・ って訳には、やっぱり軍人さんだし いきませんよね。
私も彼がどうなるのかは知りません。
 どうなるんだろうね...

最近文章不調です。と思います。(仮令調子がよくたって、良い文章はかけないくせに。)
更新滞っていてすみません。

乱文 失礼いたしました。

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