その人に其処で出逢ったことは

       全くの偶然でした...。


+少年に捧げる(未来)+


今から思うと、あの頃の僕は何も知らなかった、とそう思います。
無知は、しかしながら、少しばかり知があるよりも幸せなことです。
だから、当時の僕は幸せだった。
あんな世の中に暮らしていたのに、僕の周りは空色でした。
美しく、透き通り、純粋で。
キラキラと輝いた世界でした。
  今 僕の瞳に映る世界からは考えられません。

よく考えてみると、九人も居た兄弟の中で、男は僕だけでした。
一番上の姉とは、年が二十も離れています。
 母は何度も言いました。
「本当は、男の兄弟も沢山いたのにね。」
そう呟いては、涙を浮かべていました。
しかし、僕にはその言葉の本当の意味がわかるだけの頭はありません。
何も知らずに普通の暮らしを続けていました。
僕は、小さい頃から外で遊ぶのが好きでした。
特に、重い木の棒を振り回して同級生の男の子と戦うのは格別でした。
僕はずば抜けて強かった。
それは、先輩を泣かせたこともあるくらいで、だから僕は必然 教師に目を付けられました。
その中でも唯一、僕を庇ってくれた先生がいました。
彼は 僕がずっと抱いていた疑問に答えてくれました。
「何故生きるのか。」
彼の答えは こうでした。
「国を守る為だよ。」
彼は軍国主義者だったのです。
その先生が僕に鉄砲の握り方を教えました。
その彼が僕を 兄と同じ道へと導きました。

僕は、何度も言うようですが、居た筈の兄達の運命なんて知らなかった。
何も知らなかったのです。
そして、不幸なことに知ろうとも思わなかった。
だから、僕が‘軍に入隊する’と言った時の母の苦しみを理解することが出来ませんでした。
今となってはもっと母の話を聴いていればよかった、と思います。
そうしていればきっと、僕は今の僕より傷つかなくて済んだ。
否、今より馬鹿なままで居られたと思うのです。
無知は、幸せに結びつくのですから。
もし、軍への入隊を思い止まっていれば僕の世界は今でも空色だったことでしょう。
しかし、そうはなりませんでした。

僕はとりあえず官軍へと入りました。
運命とは残酷なものです。
僕は、もう修羅の道を歩いていました。
人間道を生きながらにして もう手遅れだった。
それはもう最悪なことなのに、僕はその時は未だ、気付いていませんでした。
気付かず、僕は平気で剣を振るうようになっていました。
灰色の心を持ち、真っ黒な世界を進む。
そう言う種類の人間になっていました。

それから一ヶ月ほどでしょうか。訓練期間が終了し、僕は 戦場に立ちました。
曇った日のことでした。
それは、昔の僕の真っ青な世界には無かった空でした。
今でも、その時の空を思い出しては 身体が震えることがあります。
僕は、その時になって初めて 自分の選択を怖いと思いました。
母の制止の言葉が分かった気がしました。
しかし、もう遅かった。
僕の手には長い槍が、腰には立派な剣が。
そして、ホルスターには銃が ピカピカに磨かれて出番を待っていました。
彼等が意志を持っている筈は無いけれど、早く使われたがっているように、僕には感じられました。
上官の言葉も耳には入りません。
ただ、ただ緊張するばかりなのです。
先輩たちには「お前死ぬぞ。」と言われました。
それほど顔が蒼かったそうです。
 これが、若しかすると 僅かに残っていた僕の理性だったのかもしれません。

太鼓が鳴り響きました。
それはそれは、腹の底まで響く、まるで地がひっくり返ったかのような音でした。
鎧は重く、耳は太鼓以外の音を認知しないので、僕はどうして良いかわかりませんでした。
しかし、周りの兵士は全速力で目前にある町へと突進して行く。
僕は少し遅れる形で、その流れについて行きました。
凄いスピードでした。
陸上選手並みでは無かろうかという勢いでした。
阿呆らしいことに、僕はそこで浮かれてしまったのです。
「天気がどうした?」
そう、思いました。
お祭りか何かと同じように感じてしまっていたのです。
ワクワクしながら飛び跳ねるように走りながら、僕は狂ったように笑っていました。
先程までの不安は欠片さえも残っていませんでした。
 ただただ、 競走に負けるまいとするように 全速力で駆けていました。

街に着いて驚いたことに、
そこは普通の街でした。
考えてみれば当たり前です。
そこらでも有名な「都市」が攻撃対象だと説明されていたのですから。
しかし、本当に 一字一句の間違いも無く
 そこは普通の街でした。
僕達の姿が浮いてしまうかのように、その街には 銃器一丁さえ、ないように思われました。
正直、僕は戸惑った。
兵士とは、何も無い原っぱで 兵士と戦うものだと思っていたのですから。
けれど、それでも僕は楽観をしていました。
「これから敵が出てくるのだ。」

「今は未だ隠れているのだ。」
と、 そう言い聞かせることにしたのです。
街は活気に溢れていました。
曇天の中でも、人々が笑い合っていて・・・暖かな空気が其処にはありました。
広場には芸を競い合う人々が、店の周りには商品を買おうとする人々が、皆挨拶をし合い、会話をし合って、
そしていきなり入ってきた真っ赤な官軍に驚きながらも その営みを止める事は無く。
本当に平和な風景でした。
それは、僕が育った村と何ら変わりなく。
しかし、そんなことも気にせず僕等の‘流れ’は広場を占領してしまいました。
素晴らしい芸を見せていた旅芸人達を突き飛ばして、買い物を楽しむ人々を踏み潰して。
僕は、そこでようやく 不安を取り戻しました。
やっと、この任務が何なのかに気付いたのです。

 この街を破壊しろ。

女子供構わず、手当たり次第に殺せ。
それが、僕の初任務でした。
相手は兵士ではないのです。
 恐ろしい。
本当にそう思いました。
 心の奥から震え上がりました。
しかし、 それでも‘人を殺す’ということに対する抵抗は 何故か湧かなかった。
僕の頭はどうかしていました。
恐怖は 官軍の命令に対するものでは無かったのです。
寧ろ、そのような命令が出される程に 官軍に‘歯向かった’であろう街の人々に対して 憎しみが湧きました。
嘘のようですが本当の話です。
後で知ったことですが、その任務こそ後の歴史に刻まれる‘大虐殺’の一幕だったのです。

まず最初に僕が撃ったのは、男でした。
着ている服から判断するに、彼は兵士ではありませんでしたが、しかし銃を持っていました。
当然です。
彼等は‘官軍の恨み’を買うようなことをした連中なのですから。
僕は、相手の事情を考えようとはしませんでした。
その当時、どんなに政府が腐っていたかを、僕は知らなかった。
若すぎたのかもしれません。
その時の僕にとっては‘軍’こそ全てで、その他の事は二の次でした。
すっかり、軍国主義に染まっていたのです。
 そうして僕は、 人を殺すことに対して『違和感』さえも抱きませんでした。


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後書き  (作:風名 2007.1.15 up:1.27 )

同じお題で二個も書く暇があったら、他のを書けって話。
でも、桜満君たちの物語、終わりが見えなくて困ってるんです。
仕方ありません。
というわけで、 少年に捧げる を別視点で捉えてみました。
如何でしょうか??

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