それでも其処に
妹と先輩は存在していた。
紅赤はゆっくりと壁に向かって後退する。
それは、友達を隠す為。
破壊士である先輩から護り、尚且つ俺との約束を護る為だった。
健気で良い奴だ。本当にそう思う。
一週間かそこらの付き合いだけれど、 その優しさと誠実さはよく分かった。
―― それに、俺と違って皮肉屋じゃないしな。
それでも、手遅れだった。
先輩が気づかない筈はないし、 それより何より、 妹が気づかない筈が無い。
もう既に、
物語は手に負えない方向へと 暴走を始めていたのだ。
由美は唖然として口を開けている。
紅赤は先程までの表情とは打って変わって、恐怖を示している。
そして、俺は・・・ 睨んでいた。
笑顔の来訪者と帰宅者を。
信頼する先輩と、最愛の妹を。
「・・・ あら? 歓迎されないのかな?」
と、おどけるように言う先輩。
妹は、俺の視線に 少しばかり笑顔を崩していた。
明らかに、怖がっている。
俺のことを。
「俺はともかく、可愛い妹にまでも家に帰るな、と?」
先輩はやはり凄い。
その明るい調子はいつもと変わっていなかった。
ただ、眸の光のみが・・・怖い。
「そうですね。少なくともあと二十分は。」
それでも、俺は
表情を崩せなかった。
一番巻き込みたくない人間と、二番目に巻き込みたくない人間を
もう これ以上見ていたくなかったのかもしれない。
「何故に・・・。」
言いながら、先輩も気付いたようだ。
周りに散らばる黒い布と、
部屋の隅で怯えた少女。
その背後に広がる闇に。
確かに離れた位置からでは、それは黒い闇にしか見えなかった筈だ。
それでも、先輩は全てを理解したように、 笑った。
「・・・ごめん、楓葉ちゃん。 ちょっと友達の家にでも行っててくれるかな?」
「え?」
「・・・夕飯の買い物でも良い。
そうだな。 桜満が言った、二十分くらい時間を潰してきてくれ。」
それでも妹は 動かなかった。
否、 一箇所に視線を集中したまま
不思議がるように・・・。
「あんなところに、壁のしみとかあったかな?紅赤ちゃん。」
声が震えていた。
そう、 だよな。
その時、僅かに持っていた希望を捨てた。
見えない筈が無いのだ。
だって俺は、 まだ破壊士になる前から バクが見えていたのだから。
同じ血を持つ妹が、 見えない筈は無いじゃないか。
それでも先輩は、 由美は、同時に妹を 追い出そうとした。
「ごめん、 楓葉ちゃん。 ちょっと 出かけてきて。
今日の夕飯、コロッケにするから。 材料宜しく。」
「頼むから。な?」
俺の想いを知っていたから。
皆必死になって。
でも。
妹の好奇心は並大抵じゃないことを、皆知らないんだ。
もう 手遅れだよ。
何もかも、ね。
「楓葉。」
呼びかけていた。
部屋に居た皆が、俺に注目する。
「何?お兄ちゃん。」
笑顔は相変わらず強張っている。
当然なのかもしれない。俺が、妹を睨んだのなんて初めてなのだから。
「 お前、死ぬぞ。」
自分でも意外なほど淡白に。
その言葉は流れ出た。
「え?」
妹だけじゃない。
紅赤が、由美が、先輩が・・・そしてバク達でさえも驚く。
「何でそんな・・・。」
「俺が、そういうことをやってるからさ。
だから、お前だけは外に行ってろ。
何にも出来ねぇんだからな。 何にも知らない方が楽だぜ。
知ってて、尚且つ 何も出来ないことの最悪さは、お前だって分かるだろ?」
「桜満っ!!」
由美が、俺の腕を握る。
止めろ、と言うように、強く、強く。
血が止まるくらい、強く。
そう、俺はちゃんと人間だから。
幾ら帯刀してたって、血の流れてる人間だから。
「そんな、酷い状態にはまだなってないわ。」
由美の声は必死だった。
―― あーぁ 馬鹿だな。
俺は思考の隅で思う。
もう、どれだけ足掻いたって 楓葉は巻き込まれるんだよ。
この場所に居るってだけで、 もう 夢国の敵になってるんだから。
「この攻撃を仕掛けた時点で、俺は終わってんだよ。」
それでもやっぱり、
最後まで妹には何も知らないで欲しい。
それは、ただの見栄でしかないのだけれど、
俺たちは幸せだったと、 そういうことにしておいて欲しい。
それは、俺の我儘。 分かっている。
だから、
だから。
「お兄ちゃん・・・。」
「俺は、妹の前でカッコつけることだけで生きてきたんだ。
そうじゃなきゃ、とっくの昔に死んでるんだよ。
お前はそれが分かってるだろ?
無茶苦茶言ってるのは分かってるけど、だからこそ皆の言うこと聞いとけよ。」
―― 俺の言うことじゃなくて、他の奴の言うことを。
所詮、俺なんて ただの殺し屋なんだからな。
言ってて、虚しかった。
こうやって、簡単に崩れるんだろうな と。
大好きな妹からも 嫌われるんだろうな と 思った。
「・・・・・・。」
「桜満・・・」
―― 自虐的過ぎるよ
由美の呟きはきっと、俺にしか聞こえなかっただろう。
あまりにも哀しげなその声は、本当に小さかった。
「・・・結局、そうなんだよね。」
妹の視線は、今や足下へと向いている。
それでも、由美の声と違って部屋中に響いた。
「結局は、お兄ちゃんが全部決めちゃうんだよ。
あの夜だって、あたしに何か相談してくれたって良かったのに。
全部自分で決めて、自分を犠牲にして。
そういうことなんでしょ?
あの日から、お兄ちゃんは剣持って、いろんな所を歩き回って。
家では、あたしの話ばっかり聞いて。
自分の事は何にも教えてくれなくて。」
だんだんと、その語調は強く、荒くなって。
そして、 キッと。
いつもの温和な妹からは想像出来ないような強い視線で、 彼女は俺を見た。
あ、 俺の妹だな。
とそう思うような 視線を
しかし俺はしっかりと受け止める。
「もっと お兄ちゃんの力になりたかったのに!!」
叫ぶなり向きを変え、妹は出て行った。
ドアが遅れて、バタンと閉まる。
―― 十分に力になってたぜ。
閉まったドアに向かって 話しかける。
楓葉がいなければ、
俺は もう 生きていなかったんだから。
お前が居なければ、 虚構ではあっても 幸せな日々を過ごすことは出来なかったんだから。
感謝、してる。
「 ・・・・・・ 」
十の視線を感じる。
全ての者が俺を見ていた。
「 あぁ、わりい。」
と、とりあえずその場の空気に頭を下げる。
けれど、誰も反応してくれない。
なんだか気まずいんだけど・・・。
「・・・お前さ。」
沈黙を破ったのは先輩だった。
「本当に もう終わったと思ってんのか?」
明るくなかった。
その声には、ユーモアの欠片さえ無かった。
「そうですね。 後はエンドロールって感じですか?
あ、でも 紅赤ちゃんの保身方法を考えるっていう 重大任務は残りますがね。」
それでもやはり、俺の声は動じない。
冷たくて、静かな響きのままで・・・
「馬鹿!」
一喝。
大きな声が轟いた。
家全体が揺れるように 空気がビンビンと俺の肌を叩く。
「今から、戦うんだろ? 何考えてんだ。
調べたことを発表しろ。今から作戦会議だからな。」
と。
さっぱりとした物言いで、雪夜先輩は言ってのけた。
「え?」
「人を巻き込んでおいて、負け戦決め込んでんじゃねぇよ。
勝つ努力をしない奴なんて、俺は認めねぇからな。」
「そうだよっ。今から夢国と独立戦争だよ。」
―― なんつって
カラカラと、 由美も笑う。
「私もお手伝いします。」
にこりと、笑顔で 紅赤がサバイバルナイフを振った。
「こんなことになっちゃったの、私のせいですから。」
「・・・。」
何なのだろう、この感じ。
幼い頃以来、味わってなかった違和感が満ちてくる。
この、 懐かしい雰囲気。
そう、 まるで 家族のような。
仲間の ような。
たった一人の家族を追い出しといて、悪いけれど
俺は 何だか温かいものを感じていた。
もし、これが家族だというなら、
やっぱり 楓葉にも打ち明けるべきなのかもしれない。
「そのうち、楓葉も戻ってくるだろ?」
俺の思いを読み取るように先輩が言う。
本当に、
本当に 先輩には脱帽だ。
「そうですね。」
「じゃぁ、さ。
とりあえず 乾杯だよ。」
と、思い切り明るい声で、由美が言った。
見るといつの間にか、グラスとジュースを準備している。
「何でだよ?」
「 腹が減っては戦は出来ぬ。だよ。
昔だって、 戦いの前にはお酒を飲んだものです。」
大真面目な口調で由美が言うので、皆は笑った。
軽い。
軽すぎる。
これじゃぁ、まるで
本当に幸せみたいじゃないか。
「いいから。 桜満もグラス持って。」
押し付けられるようにして、グラスを握る。
まぁ 良いか。
どうせ、 この幸せは長く続かない。
俺が足を踏み入れたのは 危険信号点滅地帯(イエローゾーン)なのだから。
「戦勝とバク達の幸を祈って。」
「乾杯!!」
目の覚めるような紅に雑じり、四季折々の風が一気に吹き抜けるのは
もう間もなくのことです。
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後書き (作:風名 2006.11.23 up:12.30 )
後編です。
とりあえずUPしとこうかな?みたいな。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
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