眠りに落ちていく　夜明けが美しくある事を夢見て




＋悠久の国と刹那の僕ら＋

荒んだ時代だった。
悪法が幾つも発布され、国政はどんどん腐敗していく。
傾国。まさにそれだった。
そして傾いていく国の中で自然と生まれる物。それが反乱、ないし革命。
この国も例外ではなく、人々は革命を起こす事を決意した。
それが革命軍誕生のきっかけ。一年前の話だった。

「いよいよ明日なのねっ！」
一年前と変わらない温度を肌に感じ、季節が巡ったことを実感しながらカルムが言った。
わかっている事だが口にすると更に気が引き締まる。
乾ききった砂色の荒野を見下ろす、影の色を諸所に落とす岩山の上。
彼女と二人の同朋――革命軍に身を置く三人は立っていた。
「そうだな――」
先のカルムの言葉に答えるのは、彼女とそう歳の変わらないであろう少年。
ソワールと云う名の彼は感慨深く呟いて隣にいる三人目を横目で見やった。
「明日で俺らのユメ、叶うんだよな？クシャン」
「作戦が成功すれば――ですけどね」
クシャンと呼ばれた青年は苦笑いしつつ返す。
しかし瞳には確かな期待があり、口元の苦笑には確信にも似た楽しさが滲んでいた。
明日は革命軍の最終作戦が決行される日。
これさえ成功すれば、ほぼ１００パーセント革命は成功である。
即ち、彼らの忌む国がなくなるということ。
それが果たして正義か否かは彼らの知る所ではない。そんなものは神だけが知ればいい真実なのだから。
兎に角、明日。
目の前にある太陽が沈んで、また昇ってきた瞬間から始まる明日。
それが転機。それが分かれ道。
思うと嫌が応でも鼓動が早くなる。
「きれーい……」
「何だよ、突然」
いきなりカルムが言ったので、ソワールは意味がわからなかった。
些か刺のあるように聞こえたのかもしれない。
カルムはだってさ、と子供っぽくムキになって反論してきた。
「こう言う時って何かそう思わない？色んな綺麗さが目に付くっていうかさ。
ほら、今だって海も空も綺麗じゃない」
夕暮れが包む空。
果てなく煌めく夕凪の海。
風のない穏やかな時間は温もりを大気に孕ませ、幻想の平和を錯覚させる。
美しく広がる情景は、呼吸をするのも憚られるほど美しく、人を魅了する。
それでいて、何故だろう。
終末の予感を深くに秘めている。
終焉の匂いを物悲しく纏っている。
夕方特有のそれらは、今日のような『前夜』だといつも以上に身に染みる。
「まあ……確かにな」
「海も空も、変わらずに綺麗なんですよ。僕らがそれに気付けるだけの余裕がないんでしょう」
赤く燃える夕日が投げかけてくる橙色に身を沈め、クシャンは世界に満ちる穏やかさを胸いっぱいに吸い込んだ。
呼吸も鼓動もゆっくりとする。今の瞬間を味わうように。
「だけど終わりが見えると人は余裕が生まれてきます。そこで初めてこうして気付くんでしょうね」
太古より美しく存在し続けるものに。
太古より平和を引き連れて生き続けて来たものに。
寛大で雄大な、存在に。
風は吹かない。海は穏やかだ。
太陽は殆ど水平線に沈んで行ってしまった。空の端には夜の色が忍び寄っている。
落ちれば落ちるほど赤くなる、怖いくらい美しい赤に変わって行く夕日。
それに照らし出されて岩肌に黒々とした影を刻みつつ、カルムが口を開いた。
視線は沈んで行く太陽に向けられたまま逸れない。
今の瞬間を記憶に焼きつけ刻もうとしているかのようである。
「―――いこっか」
「…………ん、だな」
「……明日も早いですしね」
カルムはゆっくり瞬いて視界から赤色を消し立ち上がる。
ソワールもクシャンもそれに倣った。
靴が砂を踏む音が心（うら）寂しい夕暮れに溶けていった。








紅蓮の沈殿　　蒼黒の透水


夕凪　夜風　東雲　暁


束の間の平和　　刹那の休息


乗り越えて、ほら


明日がやってくる













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８０００ｈｉｔリク、水仙様より「夕暮れ」「夕日」「夕凪」でした。
今回はファンタジーで。
カルムはフランス語で凪、ソワールは同じくフランス語で夜。
クシャンはフランス語の夕日を意味する『ソレイユ・クシャン』が名前の元です。
お持ち帰りは水仙様のみ可です。

０７・３・１８