小さな見栄を張った少女
あたしは1人 旅に出た。
・・・それが十年前の事。
+夕焼けの街と旅人+
いつもは買わないケーキ。
木で作った小さなお椀。
そして、焚き火。
・・・今日は、あたしの誕生日。
もう何回目になるだろう、1人きりの誕生日パーティだ。
何回目、だっけか。
思い出そうとして空を見上げる。
と、グラデーションのキャンパスに、一筋の星が流れた。
風が頬を撫でる。
鳥が遠くへ飛んで行く。
家が、あるんだろうな。
ふとそんなことを思った。
あたしに家は無い。
でも、淋しくなんか無かった。。
だってあたしは沢山の家族に逢う為に旅をしている。
水不足。
その村は・・ 否、 その国はそういう災害に悩まされていた。
太陽が明るく照らし、熱すぎず寒すぎないその土地は、その他の事ではかなり恵まれていたのだが、雨だけが振らない。
水だけが足りない。
しかし、それはとても重要な事だった。
水がなければ作物も育たないし、何より人間は生きられない。
何もできないのだ。
・・・それでも人々は頑張っていた。
いろんなことを工夫して、それなりに楽しく生きていた。
あたしが居たのは、そんな国。
そんな国の、とっても小さな村だった。
人口200人。
お隣さんも、そのお隣さんも・・・皆知り合い。
だから、幼い時に母を病気で亡くし、父を事故で亡くしたあたしでも幸せに生きていたんだ。
毎日日替わりでいろんな家に泊めて貰って暮らしていた。
あたしはご飯炊くのが得意だったから、毎日その家の炊事を御手伝いしながら。
みんな親切だった。
誰一人孤児の私を疎んだりしないで、何かあればいろいろと世話を焼いてくれて・・・
本当に優しかった。
みんなあたしの家族だった。
学校だって行っていた。
あたしはお金なんて持ってなかったから、教科書だってノートだって買えなかったけど、それはみんなが協力して補ってくれた。
ノートは先生が紙を沢山用意してくれたし、教科書は隣の子が見せてくれたっけ。
・・・隣の子。
あたしは気付くと小さく溜息をついていた。
頬が熱い。
何でだろう?
背があたしと同じくらいだった彼は、男子にしては小さい方だ。
笑うと頬に笑窪が出来る。
カッコイイというよりは、可愛いというタイプだ。
・・・十年経ったから、もう十八歳か・・・。
「カッコよく、なってるんだろうな。」
小さく呟いて遠くを見る。
何も見えなかったけれど、しかし心にはある筈の街の姿が浮かぶ。
まだ見ぬ十年前から憧れてきた街。
「とうとう来たんだな。」
声に出してしまう。
夕焼けの街・・・
これまで沢山の場所を・・・それこそ集落から大都市まで訪れたけれど、この街には特別の思い入れがあった。
―― 僕達は夕焼けの街に行く。
そう告げた彼の言葉が耳に甦る。
あたしが全てを決心した翌日の事だった。
―― 祖父ちゃんの家があるんだ。お前も来る?
嬉しかった。
あたしは幸せ者だ、と本当に思った。
でも甘える訳にはいかないから、
沢山の家族達の好意の中、たった一つを選ぶ訳にもいかないから
・・・他人に迷惑をかけたくないという意地を張ったから あたしは断った。
世界中に散らばった家族達を訪ねて歩く旅人生活を選んだ。
心が全く揺らがなかったと言えば嘘だけれど、あまり迷わなかったような気がする。
もうこれ以上他人の力を借りて生きたくなかった。
それを聞いた彼の表情は忘れない。
哀しそうな、でもあたしを誇らしく思ってくれるようなそんな顔に無理矢理笑みを貼り付けてた。
あたしは笑いたくて、
でも笑えなくて、流れる涙を隠すのに苦労した。
―― じゃぁ 十年後までには絶対来てね。僕のところに。
彼はそんなあたしの目を覗き込みながら力強く言った。
僕、お前に誇れるような人間になって待ってるから、と。
それがあたしの八つの誕生日。
・・・そしてその翌日にあたしは村を出た。
だから。
だからあたしは此処に来た。
・・・今日は十回目の独りきりの誕生日なんだ。
旅を始めてから丁度十年後の明日に夕焼けの街に着くため、これまで頑張ってきたんだから間違いない。星に聞くまでもないことだった。
「十年って長いなぁ。」
そう。
幾星霜もの年月が流れたのだ。
彼は忘れてるかもしれない。
それどころか、もう街にいないかもしれない。
それでも、彼が長かれ短かれ過ごしたであろう場所を見てみたかった。
18歳という約束の年になった瞳で見たかった。
幼い頃の口約束を信じるなんて馬鹿らしいのかもしれないけれど。
朝方買ったケーキは固くなっている。
でもよく噛むと口に甘い味が広がった。
・・・なかなかに美味しい。
「ハッピーバースデー ティセス」
口いっぱいにケーキを含んで、あたしは付け加えるように呟いた。
彼に逢えますように。
そんな思いを星に乗せながら。。。
あたしは次の日、街に入った。
そこでのお話はまた別の物語。