×××


(それはかこにのこしたかったもの)



(それはみらいにのぞまれたもの)



(それはわたしがいきるための、)



+ジェルミナールの空に咲く+



「本日、私メグ=チェルフロッシュはめでたく卒業いたしました!」
暖かくふわりと甘い香りの混ざる風が吹き抜ける午前中、その快晴の空の下。ある建物の入り口で
、メグは片手を上げてそう宣言した。高々と突き上げた手には確りと円筒を握り締めたままだ。
隣に立つのはメグよりも頭一つほど背の高い少年。名をキオと言う。しかしこちらはさほど楽しそ うではなく、疲れたとか面倒だったとかそう言った類の気持ちが顔にありありと浮かんでいた。
「あらあら、二人ともお帰りなさい」
今の大声を聞きつけてか、はたまた単純に玄関口の気配に気付いてか、建物の奥から人が出てくる
。優しげな雰囲気の女性だった。
「丁度帰ってくる頃かって思ってたわ。メグにキオ、卒業おめでとう」
女性は二人に順番に笑いかける。メグはありがとー、と破顔したがキオの方は相変わらずの調子で
生返事だった。
「んもう、キオってば今日くらい嬉しそうな顔しなさいよー!」
む、と唇を尖らせ、背伸びして少年の両頬を引っ張り、何とかして笑みの形に歪めようとする。
彼が普段からこの調子で、万事を面倒がっているのはここで暮らす人間なら知っていた。必要以上 に喜んだりする事も面倒だ、ただそれだけでしない事も。しかし『卒業』と言う取り分けめでたい 行事の一つに対しても無感動なのはメグには許せなかった。何分キオと正反対の、何事に対しても はっきりと感情を出す性格なのだ。
「まあまあ、兎に角荷物を置いていらっしゃいな。お昼の支度をしているからもうすぐ出来るわ。 呼んだら降りていらっしゃい」
「ありがと、エルメ姉ちゃん」
そこで漸くキオの頬から手を放し、ぱたぱたと階段へと駆けて行った。はしゃぎながら昇ったけれ ど、階段を半ばまで行ってもいつも通りすぐにやってこない少年を「キオー!早くー!」と急かす事は忘れはしなかった。





「ご機嫌麗しゅういいお天気ですね、って事でお邪魔します!」
帰宅時と同じように声高らかに宣言、もとい挨拶をして飛びこんだのはキオの部屋だった。扉を開 けるや否や、メグのものと違い物の少なくこざっぱりとした部屋の中央に座り、テレビに繋いだゲーム機を操作している主の姿が飛びこんでくる。
キオが了解を示す前にメグは中に踏み込んで、整ったベッドの上にダイブした。一気にシーツに皺がよる。降り積もった雪に一番に足跡をつけた時に似た爽快感があった。
「いやー、終わった終わった、やーっと卒業ね! あ、この漫画途中までしか読んでないの。借りるね」
「やけに楽しそうだな。そんなに卒業っていいもんか?」
入室同様許可より先に本を棚から抜き出したメグをキオは咎めたりしなかった。コントローラーを操る手を止める事なく、問いかけてくるだけだ。彼の背後で漫画を広げたばかりのメグは、モノクロの世界に視線を注いだままで「まーね」と答えた。
「だってさ、これで漸く旅立てるってもんじゃない。あたし楽しみだったんだよねー」
早く卒業したい。今日の日を希うようになったのはこの組織の制度を知った時だった。
メグとキオ、二人が属するのは所謂護衛団。街やら都市やら、時には王国に雇われて護衛や治安維持に奔走するそれなりに大規模な組織である。今いる建物は組織の支部の一つだ。
どちらも孤児であるメグとキオは先代の支部長に拾われて養われた。幼い頃にやってきた二人はここの一員になるものだと、何の疑いもなく信じていた。別にメグもそれは嫌ではなかったし、寧ろ面白そうだと思ったものだ。
しかし、なるには一つの条件がある。今から二年ほど前に知った。
組織は護衛団であると同時に孤児院の面を持ち、メグ達以外にもたくさんの子供達がいた。彼らは王国の最高学府まで進学を許され、卒業した後は其々の道を行く。メグと同じくそのまま組織の一員になりたがる者もいれば、外に出て別の職につきたいと願う者もいる。
そして組織は一員になりたがる者に条件を出した。それは『卒業した後二年、世界を旅する事』。
学問だけでは世界は知れない。『組織』と銘打たれた箱庭しか知らず生きるのではいけない。そう言った考えの元提示された条件らしい。
出された条件を聞いた時、メグは面白そうだと思った。長年の夢よりももっとずっと。
手の届く範囲の世界、目に見える範囲の世界しかメグは知らない。学校であったり、街であったり、家であったり。その更に外側に行けるとは、何と素敵な事だろう。
以来憧れを胸に抱いて卒業を心待ちにしていたのだ。
「だからさ、卒業できて嬉しいな。正直卒業試験とかやばかったけど、うん、結果オーライ!」
最後の試験で問題用紙を捲り、難しさに愕然として危機感を覚えた時の事を思い出すと苦笑が零れる。それでも今日卒業証書を貰えた。それで良い気がした。過去を振り返っても今更どうにもならない。振り返って問題が一問でも解けるのならとっくの昔にそうしている。
苦しい試験も終わり、無事に卒業を迎え、春そのものとなった自らの時間に心置きなく浸ろうと、メグは広げた漫画に集中する。数ページ捲った所で軽やかなメロディが鳴り響いた。
「?」
「何かメール来たみたい」
何事かと振り向いたキオに答えてスカートのポケットから文明の利器を引きずり出す。携帯電話を開いてボタンを操作し、届いたメッセージを確認した。送り主は親しい友達。卒業しても暫くの間はこの機械のおかげで縁が切れる事はない気がした。長続きするかは相手との相性次第でまた別問題ではあるが。
「あー、そう言えば旅の日付とか言わなきゃなー。『何月何日、旅に出ます。探さないで下さい』とかそんな風でいいかな」
「書き置きじゃないんだから何かおかしいだろ」
「むむ、じゃあ『何月何日に旅に出るけど、べ、別に見送りに来てほしいわけじゃないんだからね!』とか」
「…………」
「ってかそもそも何時行くのか決まってないよね何時にするの?」
小さな画面から、旅のパートナーとなる少年の背中に視線を移す。カチャカチャと響き続けていたボタンの音が一瞬止んで「新学期とか始まる前がいいな」と返答があった。
「んー、じゃあ何時がいっかなー。明日!は早いわ。でもあんまり遅いと名残惜しくなりそう……」
「……今は名残惜しくないのか?」
ぴたりと音が止んだ。突然の静寂に驚かずにはいられない。一度手元に戻した視線を再びキオの方へ向ければ、ゲームは停止状態にされてキオがこちらをじっと見ていた。彼の口ぶりといい、ゲームを一時停止させた事といい、これが何かをやりながら話せる軽い事でないようだ。
メグは携帯を閉じて横にしていた身体を起こした。
「旅に出る事まで話せる友達だっているんだろ。メグは寂しくないのか?」
「……そう聞くのは、キオは寂しいって思ってるから?」
「いーや。別に俺はそれなりだよ。元々俺も周りも自分第一に歩く奴だからさ。だけど、俺なんかよりずっと友情とか大事にしてたお前なら、もっと寂しく思ってる気がしたから」
「……寂しくないわけじゃないよ。でも、これで最後じゃないでしょ?」
記憶にある日々を思い出して目を細める。口元には薄い笑みが自然と浮かぶ。
「あたし達には未来がある。また会える可能性がたくさんある。それにね……寂しいからって未来を諦めたら、過去が皆嘘になっちゃう」
出会ってから今日まで共にあった友人達を思い浮かべる。隣に並んで、望む未来を語った日。共に泣いた日。共に笑った日。手を繋ぎ、励まし合い、歩いてきたのは全て全て―――未来の為。
訪れる明日が倖せであるように。
あの日に願った事が、行き着く未来にあるように。
未来で、倖せに笑えるように。
そして旅立つ日も、互いの未来を応援しあって別れた友人達。
「キオも今言ったじゃん。自分第一だって。皆そう。あたし達は誰も譲れない願い事があるのよ。で、出会った人達が応援してくれたりして歩いてきたのよ。それを別れたくないからって諦めたら、意味ないじゃん」
「…………メグは強いな。一人でそこまで思えるなんて」
キオが小さく呟いて眩しそうにメグを見た。この確かな強さが永劫あればいいのだと期待する眼差しにも見えた。
メグはそっと首を振った。
「ううん、あたし一人じゃない。倖せな過去があったから、皆がいたから、今笑って言えたのよ」
過去を振り返るだけで既に失われた筈の時間が甦る。あの朝が。あの夜が。あの空が。あの海が。あの笑顔が。あの言葉が。喜びも哀しみもある時間が、大切な宝物となって胸を埋める。
「旅立つその日に寂しさに負けないように、後悔に泣かないように、あたし達は『現在』を全力で生きて、笑ってた。過去になった時間を価値あるものにしてくれたのは友達や大切な皆。皆がくれた時間があるから――あたしは、明日に歩いていけるの」
だから大丈夫!
最後はいつも通り明るく笑って言った。見つめる先のキオの表情は少し優しげに変わっている気がした。
「そう言えばその頭の花飾り、何の花何だ?」
「あ、これ?」
どことなく重たい雰囲気がすっかりなくなった所でキオがメグの頭を指し示した。メグは手を伸ばしてそっと触れる。春の代名詞とも言われる花と同じ、淡い桃色の髪を飾る花飾りは、学校で別れた友人が贈ってくれたものだった。
「綺麗でしょー、アルストロメリアの花なんだよ」
「アルストロ……メリア?」
花に明るくないキオが復唱する。頷いて、メグは告げた。
この花が送られた意味を。
この花を飾る意味を。


「そう、花言葉は――――幸福な日々」











(それはかこに)



(それはみらいに)



(たしかにある わたしのみちしるべ)














×××
お粗末様でした;
「ジェルミナール」はフランスの革命暦で、三月から四月にあたるそうです。日本では「芽月」と 字を当てています。
内容としては卒業、と言った感じですが、合格祝いとして差し上げます。
辛い時期を乗り越えて合格し、卒業し、未来へ向かっていく風名さんに、幸福な日々が待っていま すよう、お祈りしています。
08・3・16








☆ ありがとうございますっ ☆


空先輩から、またまた頂いてしまいましたっvv
私なんかの受験をずっと応援してくださって、いろいろなアドバイスを頂いた上にこんな素晴らしいお話まで…本当にありがとうございますm(_ _)m
空先輩の文章ってほんとに素敵ですよね・・・私もメグちゃんたちみたいに旅に出たくなりましたww
あ、違うか。
人生って全てが旅ですよね。
昔、ロードランナーと言う素晴らしい大ヒットゲームがありましたが(PC版で遊んでました・・)いちいちあんな赤い敵がいるところを通らなくても、ジャングルを走り回らなくても、人は皆ロードランナーなんです。。
だから一生懸命に旅しなくっちゃ
そんなことを思いつつ。。
あ、それから・・アルストロメリアの別名は「百合水仙」なんだそうです・・・って・・・「水仙」?ほんとに、空先輩は言葉の選び方が上手いです・・と、感じ入ると同時になんだか嬉しくなりました。
アルストロメリアは大きな花なので、花輪にすると、すっごく豪華ですよね・・・いいなぁメグちゃんww

高校生になった風名も宜しくお願いします、先輩vv
2008.4.1



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