「……家にお庭でもあるのですか?」
「はい。亡くなった妻が管理していたんですけどね。
 植え替えの季節になったでしょう?遺志を継いでやりたいなと思って……。」
「そうですか……。あ、そういえば、草木って話しかけるとよく育つんだそうです。
 だから毎日話しかけて育てたらどうでしょう。」
「わかりました。やってみます。」


++西瓜++


……暑い。暑い、暑い、熱い、暑い、暑い、熱い。
季節は夏だ、なんていう必要も無いくらい暑いけど、でも今は夏じゃない。梅の雨とか言う意味不明な季節、と、昔何処かで聞いた記憶がある。
まだツユアケセンゲンされてないのに38℃なんてひどいわねぇ、と近所の小母さん達が話していたのも頷ける。おまけに地面からのフクシャネツとか言うのが熱いらしい。此れは隣のよっちゃんがヨーヨーを振り回しながら得意そうに話していた事だ。
ツユアケセンゲンやフクシャネツがどういうものなのかはわからないが、怖いものなんだろうな、と思う。その事を話す時、2人とも眉間に皺を寄せて話していたから。
……なんて言ってるけど。

あたしは夏が大好きです。

果実が甘く甘く熟れる季節であり、ギラギラの太陽が笑う季節だから。
暑いのは気にならない。
それはそうと、独り言をしゃべりすぎて喉渇いたな、なんて考えていたところに、聞き慣れた足音がした。
瞬間、気が引き締まる。
「おはよっ、西瓜。喉渇いてるだろ。」
スタイルの良い長身。金色に限りなく近い茶髪を長めに垂らしているこの人こそ、この辺では評判の勇太さんだ。
年は知らない。若くはないらしいが、年を取ってもいないようだ。
「今日も良い天気だね。」
勇太さんはにこりと笑ってあたしに水を差し出した。その後、少し屈んで、あたしの目線に合わせてくれる。
「…はい。」
「元気かな。」
あたしの鼓動が早くなる。
「…はい。」
 もっと気の利いた返事が出来れば、と思う。でも、無理だった。
「それじゃぁまた後でね。」
軽く手を振って去っていく。あたしは、それを哀しく思いながらも、精一杯声を張り上げた。
「はい。」
その切なさは毎日同じだった。
いつからか、あたしは恋をしていたのだ。

「あんたには無理だよ。」
「勇太さんには奥さんがいるって噂だよ。」
……周りには何度も言われた。糸瓜さんにも、胡瓜さんにも。笑われたし、馬鹿にもされた。
それでも想ってしまう。わかっているつもりだ。これが『かなわぬ恋』だということ。この場合は、敵わなくて、適わなくて、叶わないのだけれど。
 でも、そんなことで諦められる動物はこの世にはいない。
逆に、『不可能だからこそトキメク』というのもありだと思う。
勇太さんだって、言っていた。……人生諦めたら終わりだ、と。
だから、だからあたしは諦めない。
諦めたくなかった。
……そしてチャンスは巡ってきたのだ。

「今日は一緒においでよ。」
ある夏の日、というかツユアケセンゲンが出された日にそう言って勇太さんはあたしを抱き上げた。
ドキリとする。顔が赤くなっていないか心配だった。かっこ悪いところを見せる訳にはいかない。
 といってもあたしはもともとカッコ悪い。丸々してるね、とよく言われる。
中身には自信あるんだけど。
「今日から夏になったよ。」
「…はい。」
「そう言うときは涼しい所にいないと、熱中症にかかっちゃうからね。」
「…はい。」
本当は、暑い所のほうが好きだが、ネッチュウショウがどんな物なのかも分からないので従っておいたほうが良いだろう。
あたしは彼の腕の中で静かに目を閉じた。

 気がついたら家の中に居た。
「目、覚めた?」
 勇太さんの家なのだろう。
中に入ったのは初めてだ。
白い壁・薄い色のフローリングに、全体的に暖色系で揃えられた家具。
ホッとする空間だった。
それは、どこか勇太さん自身の雰囲気に似ている。
温かいオレンジ色のキッチンには、さまざまな用具が丁寧にかけられていた。
あたしがキョロキョロするのを勇太さん笑いながら見ていた。
「気に入ったかい?キッチンは妻の趣味なんだよ。今は一人暮らしなんだけどね。」
そう言って、一瞬曇った彼の表情をあたしは見てしまった。
哀しい、寂しい表情だった。
浮かれていたあたしの心も沈んでいく。
……そんな、悲しい顔をしないで。
笑ってる勇太さんのことが、あたし……。
「十分、身体冷えただろ?」
勇太さんは元の笑顔を取り戻し、私に向かってそう言った。 
「はい。」
「じゃぁ、始めようか。」
勇太さんはまな板と包丁を取り出した。そして、緑色の身を切る。中からは真っ赤に熟れた果実が出てきた。黒点が綺麗に散りばめられている。その太陽のような美しい姿は、そう、見事に成長したあたしだった。
「……じゃぁ、いただきます。」
勇太さんは八つ切りにしたあたしの一部を、静かに手に取る。そして、口へと運んだ。
 あたしが見えたのはそこまで。嬉しい気持ちで満たされていた事だけを伝えておこう。

勇太さん。あたし、あなたのこと大好きです。



    想い続ければいつか必ず。


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後書き  (作:風名 2006.7.24 up:2007.7.8 )

お蔵出し。 お題は西瓜で。
というか 恥ずかしい++; 文体と言う物に気を遣わなかった即興物だそうです。
(当時の走り書きによると。。。)
泣きたくなりますね。
でも…最近書いてないんで・・・UPできないんで・・・とりあえず。

ほんとは此れの前にお題がもひとつあるんですけど、そっちはまぁいろいろとあるので時間を下さい。


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