貴方の事は大好きです


   それ故に裏切られたくないのです



++警告 〜 Siren 〜 ++


「お前等なーにしてんだよっ?」
放課後の図書館。
異様なほど元気な声が響いた。
  ・・・ 先輩だ。
ペンを置き、ゆっくりと振り返る。
5メートル程離れた位置を想定して、目のピントを合わせていたのだが・・・
     振り返ると其処に、其れこそ目前に、怪しげに微笑む顔があった。
 驚きのあまり仰け反る、と同時にバサバサと凄まじい音がした。
まずい、 と思ったときにはもう遅い。
 一瞬後に先輩の姿は本の下へと消えていた。
「あちゃー。これはきついな。」
他人事のように呟く。
 いや 実際他人事なのだが。
丁度頭の位置に辞書並みの本が落ちているが大丈夫だろうか?
「由美、手伝ってくれ。」
とりあえず協力を仰いでみるも。
「そんなことやってる暇ない。」
ページを捲りながらメモを続けている由美に一蹴された。
普段の明るい性格からは考えられない、あまりにも素っ気無い口調・・・誰かが悪影響を与えているとしか考えられないが。
 誰だ?そんな頓珍漢な阿呆野郎は。
―― 俺だけどな。
自分の思考に苦笑する。
いつから1人漫才を行うようになったのか… 明るい由美の影響だろう。
つまり相互に影響を与え合って、もたれ合って、崩れているということだ。
 最悪にして最低な関係。
 出逢ったときから分かっちゃいたけど。
桜満が害の無い思考を続けながら本を拾っていると 由美は軽蔑するような目で先輩のいる辺りの本を眺めた。
きつすぎるその視線は、それだけで人が殺せそうなほど。
―― 動じるなよ。
黙々と作業を続けながら、たじろきそうになった自分に向かって念じる。
―― 由美は気の強い奴なんだ。
感心するのは彼女の器用さで、ペンを持つ手は視線が其処から離れた今でも動き続けている。
「気をつけてください。迂闊に手を出すと死にますよ?
 夏幻由美のガードはいつでも堅いんです。
 こんなところで襲おうなんて、馬鹿の考えることですね。
  まぁ、私達に声をかける人間って少ないですし、まぁ大体予想は付いていますが?先輩。
 先程お声も聞かせて頂きましたし。
  但し 分からないのが 何用なのか。
  やはりストーカー行為でしょうか?
 告白なら間に合ってます。ご覧のとおり、私にはパートナーがいますので。
 あまりにシツコイと、警察に訴えます。ストーカーの刑はそこそこ重いですよ?
 あと、調べ物の手伝いアルバイトは現在受け付けておりません。ご了承ください。」
一語一語に氷が詰まっている。
真っ直ぐに、直球で本に突き刺さるのが見えるような気がした。
鳥肌が立つ。
 冗談めいた言葉が散りばめられて入るものの、最早、敵意以外の何物も感じられなかった。
由美は、こんなに非情な奴だったのだろうか?
―― 案外 何にも知らないものだな。
改めて思う。
そう言えば、あんなに気の強い妹も 学校では大人しいんだっけか?
女は分からない。
男も分からない。
人間は分からない。
人間外だって分からない。
 雇い主は人間外だっけな。
  夢国、とかいう怪しい世界の住人だからな。
 ってことはやはり、雇い主も分からない。
 ・・・何言ってんだか。
漸く、先輩の顔が見える状態になる。
と、急に本の山が起き上がり・・・ 否 先輩が身体に付いたゴミを祓いながら立ち上がった。
「・・・いきなりやってくれんじゃん。」
恨みがましい言葉を発しながら、それがあっさりと 爽やかに聞こえる。
にこりと微笑むその顔が、全然怒ってないよと告げていた。
流石だ。改めて桜満は先輩を尊敬し直した。
スニーカーに黒のジャージ。短く切った黒髪のいかにもスポーツマン的な大学生・・・
 彼の名前は泡消雪夜と言う。
未来のプロ野球選手候補であると同時に、学年トップの秀才。
文武両道を突っ走る好青年である。
「好青年である、って 俺今何歳だよ?」
「何か言った?」「桜満?」
また、考えたことを口走ってしまったらしい。
  この癖をがある限り、変人にしか見られないだろう。
…夢を見なくなった人間を変人と定義するならば、もう既に手遅れだが。
「2人の邪魔をするから悪いんです。」
と、由美が口走った。
 そこで、合点がいく。
ただ単に、由美は‘先輩’という登場人物が要らなかっただけなのだ。
本当に呆れた思考だ。
  ・・・ 大体図書室での調べ物を、‘デート’と表現する方が可笑しい。
「あー、そうそう。 こないだ久々に警告出てたぜ。」
と、停滞しかけた空気を打破するように 雪夜は明るい調子で言った。
「警告?」
先程までどんなことがあってもペンを止めなかった由美も身を乗り出して訊く。
雪夜はその反応が嬉しかったのか、微笑を更に大きくすると 手近の椅子に座って声を潜めた。
「そうさ、夢国管理者サイドからの要望 って言うのがその実態だけど。」
笑顔を崩さぬまま、つまらなそうに口を尖らせる。
雪夜は昔から組織に対しては反抗的だが、しかしそれでも化け物・・・改めバク退治の能力はずば抜けて高い。またその技を駆使することに快感を感じているらしい。それが此処まで組織の一員として働いている理由だった。
「中身は…確か 化け物退治の強化呼びかけだったぜ。
 近頃特に、化け物が一般民衆の周りに蔓延っている。
 希望の光等を栄養素とする奴等が普通の人間の側にいるとその人間の+の面を全て食べてしまう。
 だから駆除しろ、という 破壊士全員に対するお触れさ。」
「珍しいですね。」
桜満は、やっとそれだけ答えた。
  警報、なんて 1年ぶりだ。
正直、このタイミングでそういうお触れが出されると焦る。
桜満達の行動が全て、桜満達の思考が残らず、伝わっているのではないのかと。
紅赤との接触が、全てばれているのではないかと。
「後、こんなのも出てたぜ。
 化け物が見える一般民衆が時たまいる。 破壊士じゃない奴で、ってことな。
 そんな奴は、何故か化け物と接触しやすい。危険である。
 早急に その民衆を保護し、 彼等の側にいる化け物を徹底的に駆除せよ。だとさ。」
―― 見える奴とか 本当にいるんかなぁ?
と、気楽そうに雪夜は笑う。が、桜満と由美は気が気ではない。
先日引き取った紅赤という少女は、文字通りに『化け物が見える一般民衆』だ。
匂いを嗅ぎつけて誰か他の破壊士がやって来る可能性は十分にある。
確かに彼女は『サバイバルナイフ』を使った簡単な防御並びに攻撃技を身につけてはいるが、破壊士の戦闘スキルに対抗することは出来ないだろう。
 紅赤が1人ならまだましだが、 もしバクと一緒のところを目撃されたら・・・。
彼女に、自分の身だけでなくバク達まで守り通すことなんて出来るはずが無い。
最悪、彼女自身の生命も危ない。
「ヤバイな。」
桜満が頭をかきながら、不確定な言葉を発す。
「帰るべきね。」
由美は本を閉じながら、断定的な事項を言った。
「紅赤ちゃんが危ない。」
「誰だ?その紅赤って・・・。」
1人、取り残される形になってしまった雪夜が慌てて問う。
 事の深刻さを感じ取ってか、その表情に笑みは無かった。
―― 切り替えも早いよなぁ。
密かに感心する。
真面目な時は大真面目に、お茶らける時は羽目を思いっきり外して。
心の底から笑えない、心の底から悲しめない桜満にとって、それはあまりにも羨ましすぎた。
「・・・先週から俺の家に泊めてる女の子です。
 それがちょっと、問題がありまして・・・。」
そこまで言って口を噤む。
果たして、先輩は信頼できるのだろうか?
 化け物はバクだった、なんて伝えても大丈夫な人なのだろうか?
 僕達はバクを守ります、なんて宣言しても良いのだろうか?
 組織の人間にとっては知らぬが仏の情報じゃないのか?
 事実を知った上で尚、俺たちの敵にならない理由なんて先輩は持っているのか?
由美を横目で見る。
 彼女も唇を噛んで此方を見ていた。
どうしよう、 とその眸が問いかけてくる。
桜満としては信じたかった。
 何もかも 信頼したかった。
この世の中は綺麗だと、言い切りたかったのだけれど・・・
 桜満も由美も その言葉のワンフレーズだって口に出来るような人生を歩んでいなかった。
悩んでいることを雪夜に悟られまい、と視線は動かさない。
 しかし、もう既に時は遅し。
「あー、俺に言えないことか?信じてもらえないみたいだな。」
「別にそう言う訳じゃぁ・・・。」
口を濁す。
そう、出来ることなら伝えたかったけれど・・・
 此処で問題になるのは由美と桜満の生命なのではなく紅赤の生命な訳で、信頼によって他人の命を犠牲にすることは、桜満には出来なかった。
「まぁ、良いさ。お前等の頭ん中で警告、鳴ってんだろ?無理すんなよ。」
軽い調子で雪夜は言う。
「すみません。今度紹介しますから。」
―― 危ない娘では無いんです。
と、桜満は頭を下げた。
本当に、先輩には頭が上がらない。
親を幼い頃に亡くしている桜満にとって、雪夜は殆ど肉親と同じだった。
―― そう思ってながら疑うなんて、ホント最悪だよな。
自己嫌悪に陥る。 
「・・・じゃぁ、俺、トレーニングあるから。」
沈黙してしまった2人の後輩の肩を元気付けるように叩いて、雪夜は言った。
「なんかよく分からないけど、その女の子をしっかり守るんだぜ。」
「はい。」
大きく頷く。
それを確認するとひらりと手を振り、雪夜は図書室を後にした。
「じゃぁ、私達も持ち場に帰りますか。」
由美がにっこりと微笑む。
「あぁ・・・そうだな。」
今やらなくてはいけないこと
 それは、預かった少女を守ることだけだった。
心配することが一、二個増えているとしてもそれだけは確か。
目の前のことをしっかりやっていれば いつの日かちゃんと雪夜にも話せるだろう、と思った。
 らしくも無く、前向きに考えた。
「あの娘を俺達と同じ目には遭わせる訳にはいかないしな。」
「だよねっ。」
笑顔と共に、2人は駆け出す。
後に残ったのは山なりの本だった。


  いつか、貴方を信じますから


     その時まで 待っていてください。



-------------------------------------------------------------------------------------
後書き  (作:風名 2006.11.20 up:2006.11.27)

沙羅ちゃん発のお題より。四つ目です。
 えーと、「警告」と書いて「サイレン」と読みます。(難しい・・・++;)

桜満達が所属している組織、ってかなり危ない所みたいですね。
これは私も予想外d・・・ O=ォィッ

のんびり更新が続きますが、(メモ帳使ってるんで、小説打ち込むの大変なんですよ。)
これからも宜しくお願いします。


戻る