もう叶わぬ恋ならば

心の底から忘れましょう


        この世に未練は残さない・・・・


*虚空*


白状しよう。

その命令を受け、一番に思い浮かべたのは彼女の姿だった。
うろたえてしまう自分に驚く。
 その弱さが嫌だった。
今更、ではあるのだ。昔から、いつ命を落としても可笑しくない世界に僕はいた。
此処まで生きてこられた事が不思議なくらいに過酷な戦乱の中に身を置いていたのだ。
そもそも生まれからして、‘戦争孤児’。同じ境遇の人々で生き残った者は少ない。一緒にゴミ箱をあさっていた仲間も、一人残らず死んだ。
僕だって死ぬ運命であることには違いなかったのだ。
仲間達が餓死して独りになった時、僕はそれを既に悟っていた筈だった。
それが変わったのがいつ頃なのかは分からない。
けれどいつの間にか僕は、このままこの戦いが終わればと希望を抱いていた。
この戦を生き残り、彼女の元へ戻る・・・その夢の光を見つけてしまっていた。
明るすぎたのだ。
闇の中で生きなければならない僕には、彼女は明るすぎる光だった。
だから周りを再び闇に囲まれた時、僕には何も見えなくなった。


  君はあの日の約束通りに、祈り続けているのだろうか。
  僕だけの為に、祈ってくれているのだろうか。
  そうであると信じているが、しかしそうでなくても構わない。
  この手紙はその事を告げるための 手紙だ。


闇の中で手探りのままに書いた遺書になるだろう手紙を上官に託し、心の晴れぬままジェット機に乗り込む。
遣る瀬無い気持ちのやり場に困って、フロントガラス越しに空を見上げてみた。
雲は一つも無い。
吸い込まれそうな深い蒼。
「皆、こんな気持ちなのかなぁ。」
混沌としたよく分からない心中のことを考えながら、そう呟いてみた。
怖い訳ではない。
ただ漠然と『もう先がないんだ』と思う。
実感は無かった。
もし自覚してしまったらその時点で 呼吸が出来なくなっていたことだろう。
どっちにしたって、同じ未来しか来ないけれど。
視線を空から陸へと下ろす。
迷彩色に彩られた一人乗ジェット機が目に入った。
蒼い空に浮かび上がるそれは、弱弱しく見える。
乗っているだろうパイロットの見慣れた姿を思い浮かべた。
彼は僕の友人だ。
もともと色が薄い髪に、茶色っぽい瞳。なかなか美男子である彼は恩人でもある。
拾われた先の家と上手くやれていなかった僕を、いつも励ましてくれたのが彼だった。
父を早くに亡くしており、軍隊に所属してからは年取った母を1人故郷に置いてきた事をいつも気にかける優しさを持ち合わせていた。
また、笑うと頬に笑窪が出来てとても幼く見える。子供のような無邪気な笑顔は、それだけで僕を癒してくれた。曲がった事が大嫌いで、正義の塊みたいな奴だ。
身体も小さくて喧嘩は弱いのに、僕が上級生に虐められていたら悠然と立ち向かってくれたっけ。
軍隊所属の理由も『苦しむ民を減らしたい』というものだった。

 ・・・ どうせここで死ぬ訳だけれど

小さく溜息をつく。
良い奴が死ぬのは、理不尽に思えた。
これまで友人が誠の道を突き進むのを見ながらも、僕は正義が勝つなんて全く信じていなかったのだけれど。
世の中は悪い奴の楽園。
そういうこと。
分かっていても、事実目の当たりにすると哀しい。
僕はもう一度そのまま空を見上げた。

空は、無表情だ。
真っ蒼なままで、何も語らない。
その感情を、どうやって読み取れと言うのだろう。


僕達は軍国主義の中で育ち、国の為なら生命を捨てても構わない、とそう学んできた。
全ては国と王の為。
個人の幸せは彼等の為にのみ存在する、と。
そんな世の中、あって良い筈が無い。僕だって、分かっていたのだ。
けれど逃れられなかった。
僕等はそう言う社会の仕組みに順応しなければ生きられなかったのだ。
そして。その結果がこれ。
結局の所、生きられない。 


「結局の所、死ぬ。」
笑えない言葉遊びだ。


目を凝らして、隣の機体の操縦席を見た。
彼がこっちを見て、手を振っていた。
いつものあの笑顔で。
強張ってさえもいない満面の笑みで。

何だか空しかった。
辛くて、苦しくて、哀しかった。

「良いんだ。
 僕が頑張れば、母さんたちが幸せに生きられるんだろ。」

それは、搭乗の前に彼と直接交わした最後の言葉。

「僕は、それで良いんだ。
 国の為じゃなくて、 家族の為に 死ぬんだよ。」

彼くらい強くありたかった、と思う。
言葉にした事は無かったけれど、寧ろ出てくる言葉は彼の正義への軽蔑だったけれど、僕は彼を尊敬していたのだ。
そっと彼に敬礼をした。
最高の友だったよ、と。
両親を早くに失った僕にとってのたった2人・・・。
そして僕は、胸ポケットに入れた彼女の写真を、操縦桿の横に固定した。
もう一人の 大切な人の姿に向かって 僕は微笑む。
いつでも温かく包んでくれる彼女は、どれだけ僕の心の支えになったことだろう。


彼女との出会いについては、あまり語りたくない。
最悪だった、とでも表現しておこう。
けれどその最悪の出会いさえも 今から考えると愛しい思い出。
大好きだ、彼女の事が。
ずっと一緒だと思っていたのに。
永遠を共に過ごすと信じていたのに。
それはもう 叶わぬ夢。
ならばいっその事・・・


「華麗に消えようぜ。 そんな哀しそうな顔をするなよっ。」


無線からの親友の声が僕の思いに重なった。
僕は驚いて再度彼のいる操縦席を覗き込む。
Vサインを送る彼は、楽しそうに笑んでいた。
そう。
僕達はこれで終わり。
だけれど彼の母親や彼女は、続いて行く。
まだ未来がある。
僕はそんなことに思いを馳せながら無線機を口元に運んだ。

「・・・彼女は幸せになれるかな?」

「うん??」

「残してきた彼女達は、幸せに暮らせるかな?」

僕は親友を見つめていた。
遠く彼の視線が空を彷徨う。何も語らぬ蒼をなぞる。
もうお互いに触れ合う事はないけれど、だからこそこの時間を重く感じた。
そして暫しの沈黙の後、彼の声が聞こえて来た。

「・・・当然だよ。心配要らない。」

「 だよ な?」

「勿論さ。 俺達がきちんと成仏しさえすれば、な。」

彼は冗談ぽく笑った。
しかし再びこちらを向いた瞳は、もう笑っていなかった。

「彼女のことは忘れろ。」

「・・・・・・。」

「この世に未練を残せば、成仏 できないぜ。」

それが 最後の言葉だった。

「発射命令っ!!」

人間味の無い、しかし人間である上官の声が聞こえてくる。
僕はその声に従ってエンジンを噴かした。
操縦桿に挟まれて、彼女が笑いかけてくる。
ありきたりの言葉で表すならば、‘天使のような微笑み’で。
未練は残さない。
そんなこと、言われる前から決めていた。
決意は揺らぎ、倒れそうだったけれど、それでも、きちんと決めていたのだ。
僕は彼女の姿を一瞬だけ拝み、そしてその写真を操縦桿から外した。
そのまま 足下へと落とす。
小さな音がして、彼女の写真は視界から消えた。
あっという間の出来事だった。
僕は、彼女の事を忘れる。
そうすれば、彼女も僕の事を忘れて幸せになってくれるのだろうと信じて。

離陸の直前に、もう一度だけ友を見た。
彼もまた、こちらに顔を向けていた。
ヘルメットを下ろした顔からは、最早何の表情も伺えない。
けれど笑っているんだろうな、 と思った。
彼はいつでも笑っていたのだから。

空は蒼い。
何処までも蒼い。
どんな感情も交えずに、全てを包み込むように
何も無くて、透き通っている。
僕はその中へ飛び出した。
もう思い残す事は何も無いから。


  この手紙が届く頃には、もう僕はいないだろう。
  僕の事は諦めろ。
  忘れてほしい。
    僕からの願いはそれだけだ。 


最後の瞬間。
真っ赤に燃える火の向こう側で、
やっぱり空は蒼かった。


  僕の分まで幸せになれよ。


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後書き  (作:風名 2007.3.13 up:3.25 )

ごめんっ。 何だか恋主体じゃないし 少年に捧げる2 に似てるし・・
最近ネタ不足で・・・・・ ++;
もっと修練しきゃです。

という訳で、こえだちゃんに捧ぐ 暗黒血液 Type:A 50000HIT記念。
お題が「悲恋」でこんな感じになりました。
お持ち帰りはこえだちゃん限定でフリーですっ!!

あと、壁紙は借り物ですので 絶対に持って返らないで下さいね。

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