人の為に生きれる奴なんか、 いるのかよ?
―― start the psychoanalysis
分析開始
++精神分析 〜psychoanalysis〜 ++
図書館を出て直ぐから少しずつ速度を上げる。
今日のコースは5キロ。そこまで気張らなくてもいける距離だ。
週末には試合も控えているので、下手に頑張って足を痛めても困る。
適度なスピード、というのは心得ていた。
「・・・何だよ、あの態度。」
大分ペースを掴んできた所で、図書館での後輩達を思い出す。
と同時に、呼吸が少し乱れ、軽く咳き込んだ。
「っ・・・くそっ。」
思い出せば思い出すほど、忌々しい。
桜満の意見次第で直ぐに態度を変える由美はともかく、長年目をかけている桜満の態度は許せなかった。
「ああ言う奴だってことは、分かっちゃいるんだけどね・・・。」
自虐的に呟いてみたところで、虚しくなるだけだった。
雪夜が桜満と出逢ったのは、後輩が中学に入学する年。
今から五年ほど前のことだ。
桜散る、暖かな春だった。
呼び鈴の音にドアを開けると、泣き腫らした目をした少女と、口を真一文字に結んだ少年が、雇い主に連れられて佇んでいた。
着ているのは、二人とも襤褸切れ同然の物。あまりにも粗末な姿に絶句する。
「隣に引っ越してくる者達です。2人だけなので、面倒を見てやってくださいね。」
普段は、‘破壊士’と表現する雇い主が曖昧な言葉を紡いだのが印象に残っている。
新入りを紹介されるのは、そこまで珍しいことではない。その為雪夜自身いい加減に対応していた。
が、それ以上に少年の態度は悪かった。人の話を真面目に聞こうとせず、どこかあらぬ方向に視線をやっている。
内心では怒りを爆発させながらも、雪夜は笑顔だけ取り繕っておいた。
「2人とも、自己紹介を。」
促されて、年下に見える少女が前に進み出る。
「私の名は楓の葉と書いて、夢狩楓葉と言います。」
ペコリ、と頭を下げて少年の方を伺う。が、少年が動きそうに無いので再び口を開いた。
「此方は、兄の桜満。桜が満ちると書きます。どうぞ宜しく。」
桜満、と紹介された少年の顔は、明らかに不満そうであった。
と、同時によく見るとどこか寂しげで、諦観したような様子があって。
雪夜はその瞬間、直感した。
この少年は、救ってやらなければならないと。
自分と同じ種類の人間だと。
だから。
だから、彼のあんな態度は許せないのだ。
一番最初の始めから何も変わっていない、という事実が許せなかった。
救ってやれていない、という証明に他ならないから。
「俺は、仮令組織の敵になろうともお前の味方をするって言ってんのにな。」
そう考えてから、自嘲する。
冗談ではないけれど、 しかし其処まで酷いシチュエーションは考慮しなくても良いだろう。
トレーニングの気も失せてきた。丁度通りかかったベンチに座る。
いつも以上に息が上がっていた。余計なことを考えているから、ということくらい雪夜にも分かっている。
けれど、そんなことどうでも良い。
「信じて、貰うにはどうすれば良いのかなぁ。」
問いかけても、答えが返ってくる筈は無く。
ただ、風が髪を撫でて通り過ぎるだけだった。
雪夜も桜満も組織に歯向かった所で行く場所を持たない。
けれど、後輩の為なら自分の未来を投げ打っても言い、と思っていた。
否、もうすでに決めていた。
何があっても、桜満とその妹を護る、と。
それなのに・・・。
桜満は心を開いてくれなかった。
その事実は悲しすぎだ。
「雪夜お兄ちゃんですよね?」
と。
聞き慣れた声に振り向く。
「こんなところで休憩ですか?」
にっこりと、夢狩楓葉は笑っていた。
いつも無表情の兄と違って表情豊かなこの少女もまた 雪夜にとっては家族同然の者だ。
「楓葉か。なんか久々な気がするな。」
「そうですかぁ?昨日会わなかっただけですよ。」
からかうような笑みを浮かべて、少女は雪夜の隣に座った。
「何かあったんですか?」
「え?」
唐突過ぎる問いに、思わず詰まる。
「もしかしてお兄ちゃんと喧嘩したとか。」
「・・・」
「あー、また裏切っちゃったんですね。」
―― お兄ちゃん、素直じゃないから。
と呆れたように妹は兄を笑った。
「あれでも、すっごく優しい人なんですけど・・・。」
「分かってるさ。」
雪夜はあっさりと頷いた。
楓葉は人を素直にさせる不思議な力を持っている。
どんなに意地を張っていても、どんなに腹を立てていても、彼女の笑顔を見るとつまらないこと
のように感じられるのだ。
だから、桜満も彼女が好きなのだろう。
確かに、生き残った唯一の肉親というのも正解。
だが一番重要なのは、彼が妹と過ごすことで得られる安らぎなのではないか、とたまに思う。
―― いや、考えすぎか。
難しい桜満だからこそ、一番大切なところでは単純なのかもしれない。
妹。 それだけで護る対象になり得る・・・それも違う。
たった今、楓葉が言ったように 桜満の場合は‘優しさ’が理由なのだろう。
何しろ、この妹の兄なのだから。
全ての人に優しく、全ての人を疑い、馴れ合うことを嫌い、出来るだけ人と付き合わない。
自分が最悪の部署に所属していることを理解しているから。
「分かってるから悔しくてな。」
唇を噛みながら言う。
言葉にするだけで、再びあの無念さが込み上げてきた。
「お兄ちゃん計算しすぎるとこありますから。」
計算高い。
それもまた、雪夜と似ている所である。
「多分 ですけど。‘雪夜先輩を困らせたくない’とか何とか、思ったんじゃないですか?」
「困らせる?」
「・・・先日、うちに女の子連れてきたんですけどたまに呟くんです。
“先輩に見つかったら下手な心配掛けちゃうよな”って。
“隠し通せる訳は無いけど、せめて楓葉の友達で・・・ってことくらいにはしとこう”って。」
―― 何がまずいのかは分かんないんですけど。
楓葉は不思議そうに雪夜を見て問いかける。
「普通の女の子なんです。なのに、何で隠さないと行けないんですかね?
その存在じゃないんですよ? 女の子を預かってることは隠さなくて良いんです。
何が・・・問題なんでしょうか?」
と。
それが訊きたかったらしい。
でないと、兄を‘裏切って’まで雪夜にこんな話をしないだろう。
しかし、その答えは雪夜には出せなかった。
否、想像は出来ても打ち明けるわけにはいかなかった。
「・・・その子の背景、かな?多分ね。」
適当な答えを返しながら、思考する。
ありえない可能性が、 しかし、 答えとして式になっていた。
―― でも、 推測の域はでないし・・・
今日、あの図書館の会話の中で無表情な桜満が、一瞬固まった。
幾ら由美の調べ物に付き合って図書館に行ってもいつも自分の好きな本を読んでいる桜満が、今日に限って由美と同じものを調べていた。
ヒントは其処だ。
‘紅赤’と呼ばれる少女の保護。
‘警告が出された’。
あからさまに不安そうな‘由美の表情’。
‘化け物を取り締まる’。
そして、今日調べていた・・・‘バク’。
雇い主、夢国の人間。 通称‘夢人’。
「そして紅赤ちゃんが、危ない、ね。」
「え?」
突然聞こえた友人の名前に、楓葉は驚いて雪夜を見つめる。
もう、そこに笑みは無かった。
「いやいや、こっちの話。」
瞬間、余裕を見出した雪夜が笑顔に戻る。
答えは出た。 あくまで全てが机上の論理だけれど。
ことのつまり、後輩達にとっての敵は雇い主。
味方は‘紅赤’という名の‘化け物’を見ることが出来る少女。
何故‘バク’が必要なのかは分からないが、あらかた‘夢壊し’か何かに使うというが解答だろう。
夢を壊しさえすれば、雇い主達が生き延びる術は無い。そして、バクは夢を食べる・・・。
「じゃぁ、久しぶりに楓葉の家に遊びに行こうかな。」
ポン、と跳ねる様に立ち上がる。
―― 後輩を救いにでも行きますか。
空は蒼い。
それは雪夜達の周りで何が起ころうとも変わらなかった。
俺は 後輩のためなら 自分を犠牲に出来るぜ
―― QED 分析終了
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後書き (作:風名 2006.11.21 up:2006.12.10)
沙羅ちゃんのお題より五作目
予告どおりに「サイコアナリシス・・・精神分析」となりました
文章の訂正をまだ入れてないので、予告無く変わる可能性がありますが、ご了承ください
さてさて、 妹が登場してしまいましたが、
これで主要キャラ全部揃いました・・・多分。
こうやってみると、 『気の強い女子』『見た目は弱そうだけど、捻くれた男子』キャラ、
やっぱり多いです。 何でかな・・・。
まぁ、いいや。
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