この世界の全てが 一つのメロディ
+夏唄+
もうまもなく夏という季節。
じめじめとした雨季が続いていた。
―― 蛙とか蝸牛とかには 幸せな日々だろうな。
今日も 雫歌は傘を広げて、 一人のんびり家路につく。
雨は嫌いじゃなかった。
むしろ、好きだ。
パチパチという綺麗な音が奏でる唄が。
その中で力強く生きる動物達が。
「なーんてね。」
実は プールに入らなくて良いから、という 実に実利的な理由もある。
雫歌は水というもの自体は大好きなのだが、学校の『ダサい』水着を着るのが嫌なのだ。
「良いこともあるけどね。」
それは、ほんとに些細で、
口にするのも恥ずかしい程度のことなのだけれど。
傘に元気な音が響く。
雫歌はその『良いこと』を想像しながら、 軽くスキップをする。
重い鞄が背中で揺れる。
と 足下で水が撥ねた。
「あれっ?」
いつもと違う場所に出来た水溜りだった。
―― 此処のアスファルトは窪んでなかったのにな。
そっと屈んで見る。
確かに、最近出来た窪みのようだ。
―― 顔 映るかな。
濡れるのも構わず傘をたとみ、顔に光が当たるようにして水鏡を覗き込む。
と、 その中に 一匹の蟻を見つけた。
「おぼれちゃうぞ。」
もう既に溜まっている水だけでなく、空から落ちてくる大粒の雨も、蟻にとっては脅威だった。
「蟻から見たらプールかな?」
一生懸命に手足を動かす蟻自身は、そんな楽しいこと考えながら泳いでるわけない。
・・・ むしろ 地獄のマグマだな。
そんなことを思う。
そう思ったら、 無性に蟻が可哀想になった。
「... どうやったら助けてあげられるんだろう?」
矛盾してると言われるかもしれないけど、 雫歌は昆虫系統に触れなかった。
恐怖があるわけではないのだけれど、 どうしても手を出せないのだ。
昆虫だけではない。 動物にはどうしても触れない。
それでも、自然が大好きな彼女は、身の回りの全てのものの観察を続けているのだけれど・・・。
「おぅ、 雫歌。」
ドキリとする。
あの聞きなれた声。
ゆっくりと振り返ると、 予想通り『良いこと』の最大要因が立っていた。
「・・・ 紫翠君 ?」
「 濡れてるな。 風引くよ。」
彼はゆっくりと雫歌に歩み寄り、傘に入れる。
「・・・。」
「自分のことちゃんと管理しないと駄目だぜ?」
やっぱり 優しいよな、 と そんなことを思う。
「うん。ありがとう。」
「・・・ で、どうかしたのか?」
そのやや茶色がかった瞳が雫歌を見つめる。
「 あ・・・ あのね。」
雫歌は簡単に今の状況を説明した。
紫翠はそれを聞き、雫歌の横にすぐさましゃがんでその『プール』を覗き込む。
傘は雫歌の上に翳したままで。
蟻はまだ生命をかけて泳ぎ続けていた。
但し、先程とあまり位置は変わっていない。
「・・・確かに 危ないな。」
紫翠は現状確認をした。
「うん。」
「お前、虫触れないんだよな。」
「うん。」
雫歌は言われるままに頷く。
「じゃぁ 傘持ってて。」
言うなり傘を雫歌に押し付けると、袖まくりをし、そのまま手を『プール』に入れる。
すぐに蟻は救出された。
「・・・ どこに放せば良い?」
蟻が腕を走り回るのに顔を顰めながら、紫翠は問う。
「そこの 花壇。」
「わかった。」
花壇に駆け寄り、 蟻をゆっくりと放す。
地に降り立った蟻は すぐさま紫翠の腕を離れ姿を隠した。
「良かった。」
雫歌は心の底から安堵する。
「・・・ じゃぁ 次はお前を家に届けなきゃな。」
「?!」
「ほら、立てよ。」
雫歌の手から傘を受け取ると、 紫翠はそのまま彼女の横に付いた。
「・・・泳ぐのも大分上手くなったよな? お前さ。」
歩きながら紫翠は話しかけた。
「紫翠君のおかげだよ。」
そうプール学習の 『良いこと』 それは・・・
「 教えてくれて ありがとう。」
彼と一緒に過ごせること。
「いや、俺も暇だしさ。」
照れたような笑いを浮かべる紫翠。
「・・・ 明日のプールも頑張ろうな。」
「うん。」
雨も好きだけど、
でも、やっぱり明日は晴れて欲しいな と、 雫歌は思った。
此処にも一つ。 夏の小さな恋の唄