一年のうちで一番大切な日がやってくる
「げー、今度のレポート魔女狩りについてだってよー。せっかくのハロウィンが台無しだよね。」
「うわぁ、災難。あれ調べるの大変でしょ。」
席の周りに集った友達がたった今出された宿題に関しての意見を述べるのを聞きながら、少女は悔しさに頬を噛んでいた。考えるだけで人間に腹が立つ。
国史の授業。もう直ぐだとわかっていたけれど、とうとうこの日がやってきてしまった。
…魔女狩り。
調べる必要なんて無い。悪い時代の話は、祖母からしっかり聞いていた。
何か悪いことがあれば、それは全て魔女の所為にされる。魔女というだけで迫害、処刑される時代。魔女の一族がどれだけ悲しい想いをしてきたか…。
「ねー、分担しない?私は処刑の方法についてが」
いいな、と言いかけた友達を少女はキッと強い視線で睨み付けた。そのまま、がたんと音を立てて立ち上がる。
「え、あ…あの…」
戸惑いを浮かべる友達に、悪いと感じる余裕は少女にはなかった。
「ジャンヌダルクについて調べたら?魔女狩りの酷さは直ぐ分かると思うけど。」
黒板に書かれた課題のタイトルへと視線を投げながら、周りに対して無表情に言う。
「酷さは、分かる。きっとね」
一般人と同じように暮らせと言われて、
少女は普通の子と同じように学校に行き、
普通の子と同じようにテストに文句を言って、
普通の子と同じように遊びまわって日々を過ごしている。
普通の子に恋をし、
普通の子と喧嘩をする彼女は、
だけど、夜は秘密の特訓に明け暮れていた。
「あら、集中できていないのね。」
その日の夜、特訓の様子を見に来た母親は優しく少女に声をかけた。
「だって…」
少女は学校での腹立たしさをそのままに、上げていた腕を下ろす。広い庭の真ん中に立つ彼女の足元では、草が焼け焦げ、星型を描いていた。だが、肝心な中心部が不明瞭になっている。
もう九月も終わるというのに、心が浮かない。毎年なら、この時期はいつも踊りまわっている、と形容できるほどにはしゃいでいた筈だ。学校の課題のせいだった。少女は教師の顔を思い出して、地面を蹴る。
「だってさぁ…」
「明日はハロウィンだし、今日はもうやめたら?」
「……うん。」
母親が自分の話を聞かないのは、いつものことだ。
少女は学校で出された課題の話をするのを止め、代わりに着ているローブを脱いだ。
「あーぁ、焦げちゃってるじゃない。今から直すので間に合うかしらね…」
明日はハロウィンなのに、
と母親は口の中で繰り返す。母親の首には、いつもとは違った趣味の悪いカボチャのペンダントが掛けられている。それを見て、幼い頃の少女は心躍ったものだ。
今は…いや、今も変わらず心が躍る。
少女は同時にあることを思いつく。
「間に合うよ!母さんなら大丈夫でしょ。」
「え、あなた自分で直さないの?」
「…ん。悪戯の準備があるから!それに母さんにやってもらった方が見栄えがいいもん」
母親をおだてながら、少女は一年で一番大好きな日の到来をやっと実感するのだった。
「Trick or Treat!」
街中を子供たちの明るい声が支配する。
大人たちの困ったような微笑みが、その声を明るく迎え入れる。
それでも学校は休みにならなかった。
「というわけで、レポートを集める。」
教師の号令の下、席の一番後ろのものが各列のレポートを集めていく。その形態は、三者三様、十人十色。一枚で済まされているものから数枚に渡るもの、モノクロなものから色ペンで彩られているものまで様々だ。
「…ん??」
全ての列を集め終わって、教師はその中の異様なひとつに気づく。
皆がレポート用紙に書いているのに反して黒い巻物の形状。出だしには見たことがない言語が、白いペンでびっしりと書き込まれていた。
生徒のところからも見えたのだろう。黒いその物体に教室が騒然となる。
「えーとこれは…」
「はい、私です。」
少女は、先生が意味のある言葉を発する前に立ち上がった。そして、周りの視線が集まる中で、自分の着慣れたローブを制服の上から身につける。男子生徒の口笛が彼女を囃す。
目深に三角帽を被れば、小さな魔女がそこに現れた。
「何の」
マネだ。
教師の口ははっきりとその形に開いたが、少女に射すくめられて声にはならない。
「説明をしますから、よく聞いて下さい。」
少女は、真っ直ぐに教師を見つめて一語一語はっきりと発音する。
「そこにある文字をちゃんと発音できれば、魔女狩りをしにくる役人の目から逃れることができました。ですが、あまりに高度すぎる呪文で、成功する者は少なかった。」
全員が、その少女の淡々とした声音に固まる。誰も、先生でさえも、彼女の言葉を遮ろうとは思わなかった。
「だから、多くの者が罪がないのに裁かれました。
だけど、人間は過ちに気が付いた。だからハロウィンがあるんです。」
「……」
教師が知っている歴史と、その少女の発言はかなり違っていたことだろう。しかし、教師である以前にただの歴史好きであるその男は、手に握った解読不明の文字を穴が開くほどに見つめた。
「先生、ハロウィンではもうちょっと魔女に敬意を払った宿題を出すべきですよ。」
言うなり少女は懐から杖を出し、にっこりと悪戯っぽく微笑んだ。
「Trick or Treat! そして… Happy Halloween!」
「ねぇあれって本当なの?」
後日、友達が少女を囲む。
「本当な訳ないじゃない。」
少女は満足そうに彼女たちに答えた。
「ご馳走を先生が用意してるわけないの。 それなら悪戯するに決まってるんだから。」
人間たちへのささやかな仕返しの日
少女はその日を、そう認識していた