履き古された靴
裾が縮れたズボン
あちこち破れたシャツ
折れそうなほど細い腕
異様に長いナイフ
薄汚れてこけた頬
深い真紅の眸の
アンマッチな強い光
目の前のその少女は
言うなれば野生(サバイバル)少女
++サバイバル少女++
「その子はあたしの友達なの。」
と、突如現れた少女は言った。
いつもと同じ学校帰り、いつものように気配を感じ、いつものように剣を抜いた時だった。
普段はどんな邪魔が入っても任務を遂行する桜満の腕も、流石に止まる。
あまりにもこの『街』という景色にそぐわない少女の服装がその理由だ。
此処は何処だったかな・・・?
空いた左手で目を擦る。
それでもその光景は変わらなかった。
「え?今何か言った?」
―― 此処は、日本国に違いないよな。
一瞬遅れで少女の言葉が耳に入ってくる。
隣で、由美も呆けた顔をしている。
何がなんだか、分からなかった。
「バクはあたしの親友だから殺さないで。」
と、少女は一言一言 赤ん坊に言い聞かせるようにゆっくりと言う。
身長は、その年頃にしてどうなのかはわからないが、少なくとも桜満や由美よりかなり低い。
しかしそれでもその語調と視線は、十分に威厳があるものだった。
少女の後ろで、黒い影が三つ蠢いている。
桜満はそれを伺いながら、困ったような表情を浮かべた。
「は?こいつ等化け物だし。」
「バクは想像上の生き物でしょ?存在するわけ無いじゃない。」
漸く、事と次第に思考が追いついてきた2人の反論も、
「其処にいるから本物よ。違うの?」
さらりと受け流し、少女はそのまま真っ直ぐに桜満に歩み寄った。
十センチ。構えた剣も気にせず、ピッタリと身体を寄せてくる。
あまりにも近いその距離に、桜満は思わず後ずさった。
「君には化け物が見えるんだね?」
「バクが見えるわ。」
淡白に、しかし有無を言わせぬ口調で答えられる。
その顔は見下げる位置にあるのに、どうも威圧感が大きかった。
もう一歩後ろに下がる。
―― こういうの苦手なんだけど。
桜満は心底途方にくれていた。
―― 気の強い女は由美だけで十分だよ。
邪魔が入るのはよくある事だが、化け物を『バク』と言い張るのは初めてだ。
だからと言って、攻撃は止められない。
この化け物達を倒すことが桜満達の使命なのであり
その見返りに幸せを保証して貰っている。
『殺すな』と言われた所でどうすることもできないのだ。
しかも、この化け物達は人間にとっても有害だと聞いていた。
助けを求めて由美を見る。
そして、桜満は驚いた。
呆れていると思っていた彼女の眸は面白い研究対象を見つけた時のそれと同じ。
大好きな歴史の講義を聞いてる時の好奇心丸出しの眸だった。
「由美?」
呼びかけたものの返事は無く、その代わりに由美は前に立つ少女に声をかけた。
「・・・ねぇ、貴女。名前は?」
「名前?そんなものとっくの昔に失くしたよ。」
睨むような表情を崩さず、少女は答える。
その隙に桜満は、少女から十分に間を取った。
「年は?」
「数えられない。」
「家は?」
「無い。」
「家族は?」
「この子達。」
2人の声が冷たく響く。お互いを探り合うような、そんな雰囲気。
桜満はその間で、当惑して立っていた。
と視界の隅・・・少女の後ろで影が動くのに気付いた。
桜満と同じく、おろおろと・・・ ?
―― 俺たちを怖がってる?
これまで、気配を感じれば直ぐに剣を振るっていたので少しも気付いていなかったが、紛れも無く、彼等は怯えていた。
化け物が 感情を持っている。
予想外の事実に動揺し、剣を構えていた腕が自然と垂れた。
「由美・・・こいつら・・」
動物だ。
そう言おうとして声が掠れる。
ただの影だと思っていたその化け物たちには、毛が生えていて 足があって、そして顔があった。
表情があった。
桜満達がこれまで消してきた物は 動物だったのだ。
―― そんな話は聞いてない。
『この世にいてはいけない、
人間のみならず全ての生態系に対して悪影響を与える生きていない物だから、殺せ』
それが、 最初に受けた説明ではなかったか。
この剣を渡された時に、 言われたことではなかったか。
全て違う。間違っている。
あいつら・・・雇い主の事なんて 信じてはいけなかったのだ。
そもそも 何故に今の時代に、帯刀している高校生が必要なのか。
何故に 桜満を取引の相手に選んだのか。
最初から桜満は疑っていた。
他の事は全て疑っていた、
にも関わらず、『化け物』については鵜呑みだ。
迂闊にも程がある。
―― 馬鹿だな。
自らを嗤う。
これじゃぁ、目の前の少女の言っていることに反論なんて出来ないじゃないか。
いや、そもそも反論する必要があるのか?
こいつら、本当にバクなのかもしれない。
バクがどういう生き物なのか分からないけれど、 この少女の言うことの方が雇い主よりも信憑性があるじゃないか。
「私も思った。
なんか、この子の言ってる事の方が正しいんじゃないかって。
どうしよう?桜満。 私達の雇い主を疑って良いのかな?」
握った短剣を手の上で回転させながら問いかけてくる。余所見をしながら、しかも両手で行っているので桜満は内心ヒヤヒヤしていたのだが、その心配が余計だということは経験で理解していた。
「良いんじゃねぇの?」
由美から少女の方へ視線を移しながらゆっくりと答える。
「その子、なかなかに興味深い格好してるしな。」
柄にも合わず、にこり、と笑いかけてみた。
「紅い眸が可愛いね。だから、紅赤(こうか)ちゃん って呼んでも良いかな?」
『ちゃん』なんて敬称何年ぶりだろう。
確か妹が三歳になった日が最後だった筈だ。
由美がナイフを回す手を止めた。
少女の表情を伺うと、固い顔が少し解れている。
「でも、結局 楓葉ちゃんと桜満、それに私を匿っているのはやっぱりあの人達なのだし・・・。」
隣でまだ由美は立場を決めかねていた。
桜満は、それを鼻で笑う。
「俺たちをこき使ってるのもあいつらだな。」
由美の気持ちを分かっているにも拘らず、冷たい言い回しだった。
自分で自分を非情だと思う。
けれど・・・
「紅赤ちゃんは、さ 寂しかっただろ?きっと。
バクが居たからこそ 少しましだったかもしれないけどさ。
・・・ 俺には妹がいるんだ。 良かったら うちにおいでよ。」
何となく、
目の前の少女を救わなくてはいけないと感じた。
目の前の少女が何かのヒントになる気がした。
この立場を何とかする、 起爆剤になると思った。
「・・・それ本気?」
由美が桜満に問いかけた。 信じられない、と 大きく見開かれた目が語っている。
しかし、桜満の表情はいつになく真剣で 真っ直ぐで、 淀みが無かった。
それは そう、 秋の日の青空のように。
森の中の湧き水のように。
滅多に見られない、桜満の本当の笑顔だった。
「但し、 バクは飼えないんだ。 うちではね。
だから 外に時々逢いに行くことになると思う。 それじゃぁ 駄目かな?」
「・・・大丈夫です。この子達があたしの面倒を見てくれてたんです。
私が見てたんじゃないんですよ。
・・・・・・でも 本当に良いんですか?」
と、少女は本当に嬉しそうに聞く。きつかった眸が にこりと微笑んだ。
口調が変わっている。
きっと、 これまで独りぼっちだったんだろう。
人の温かさになんて 触れていないんだろう。
自分の都合で言い出した事だったが、これが必然だと感じた。
全てが上手く行く方法だと感じた。
本当は、 人生の物語性など信じたくなかったのだけれど、 残念ながら これまでの桜満の人生には 無駄な登場人物など一切無かった。
物語の中の物語。
初めから 彼の運命は決められているのかもしれない。
たまにそう思う。
認めたくないけれど、 そう 感じてしまう。
それは、とんでもなく嫌なことだけれど。
「勿論さ。・・・君にバクが見えるんだったら尚更ね。
もし、俺のとこが嫌だったら 由美のところでも良いさ。」
もう抗うのは止めよう。
もともとこういう人生なのだから。
動くのを待つばかりではなくて、 自分から動いてみようじゃないか。
「もし 由美が焼餅焼くんなら 最初から預けてても良いけどな。」
「・・・あー、それは無い。 楓葉ちゃんが見張っててくれるから。」
と、由美の表情も いつもの無邪気な笑みに変わった。
そう言う人間だ。
ましてや浮浪者のような格好をした、親の無い子供。
その優しさ故に、目の前の少女のような人間を見捨てることが出来ないのが彼女だ。
それが昔から桜満に欠けていた‘優しさ’という奴なのだろう、と思う。
今も彼女は桜満と違い、利害関係を全く考えずに少女を受け入れた。
羨ましいとは思わないが、凄いと思う。
「よろしくね。 紅赤ちゃん。」
と、由美は右手を少女に差し出した。
「はい・・・。 宜しくお願いします。」
丁寧な言葉遣いで、 少女はそれに応じる。
先程の冷たい言い争いは影も形も無かった。
そして、少女は言い難そうに口を開く。
「 あの・・・一つだけ。」
少女が言い難そうに口を開く。
「何かな?」
由美の優しい声が促した。
「何でも訊いてね。」
それでも尚、少女は言い淀む。
「えーと ・・・あのですね。 お名前を伺っても宜しいでしょうか。」
桜満と由美は顔を見合わせた。
お互いの間の抜けた表情を見て、声を上げて笑う。
名乗る名前なんてあったかな?
心に浮かんだ疑問を押し殺し、一瞬後2人は同時に少女に向き直った。
「俺の名前は 夢狩桜満。」
「で、私の方は 夏幻由美ね。」
それは此れまでの生活が覆される
ただの始まりでしかなかった。
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後書き (作:風名 2006.11.14 up:2006.11.18 修正2006.11.20)
沙羅ちゃんのお題より三作目。
ちょっと 全二作と書き方を変えてみました。
もう、桜満達の名前ばれちゃいましたからね。
実は、沙羅ちゃんからお題追加で三個ほど貰ってます。
いつになったら全部書ききれるんでしょうね・・・ まぁ気長に頑張ります。
感想とか その他よろしくお願いしますね。
沙羅ちゃんから質問があったので、参考に読みを付け加えておきます。
紅赤(こうか)・ 夢狩桜満(ゆめかりおうま)・夏幻由美(なげんゆみ)
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