―― 雪が降ってきた。
   白い斑点が空から落ちてきた。



++Seasonal Fragrance++


「冬の匂いって良いよね。」
彼女は僕に向かってそんな風に言葉を紡いだ。キーボードを叩く手を止めて、ちらりと彼女に視線を向ける。彼女はピンク色のセーターを着ていて、平日とは違って髪をくるくると巻いていて、そして窓の外を見ていた。
「…そうかもね。」
僕は小さな声で返事をして、再び画面に向かう。〆切が明日に迫っていた。それでも会いたいと彼女が言うから、僕はこうしてデート中も仕事に取り組んでいる。
もう出来上がっているのだが、何かが足りない自分の文章に色を加えるため。
「雪が降ってたら尚良いよね。」
彼女は僕の適当な返事にもめげずそのまま会話を続ける。
「…そうかもね。」
「しんしんと、透き通った匂いがするよね。」
「そうかも。」
僕は、しかしあまり鼻の利かない方だから、そんなことはよく分からなかった。夏だって冬だって、近くにラーメン屋さんがあればラーメンの匂いがして、花があれば花の匂いがする。それだけだ。
冬の匂いなんて、わからない。
しんしんと、透き通るような匂いなんて、その表現からして間違っていると思う。
そもそも、色は見えないものだから、透明になったりならなかったりはしない。ずっと透けている。
「納得いかないって顔してるね。」
「そう?」
「…うん。季節なんてどうでもいいよ、って顔してる。」
―― だから、その小説、時間が流れないんじゃないかなぁ…
僕は自分へ向けられた非難に、再度手を止めて彼女の顔を見た。彼女は別に、僕を蔑むような表情を浮かべても、意地悪く笑ってもいない。ただ、心配そうに僕を見ていた。
僕は面食らう。そんな意見は初めてだった。
デビュー作でヒットを飛ばした僕の文章への評価は、極端に高いか、極端に低いかのどちらかであったから。
前者は読むと僕が有頂天になるだけ。だから読まない。
後者は多大に僕個人への非難が含まれている。だから読まない。
「時間?」
「うん、時間がわかんない。」
彼女の説明はこうだった。
「雄くんが書く小説は、なんかほわほわとしたどこかこの世界じゃない場所を書いてるみたいなの。
 本当にあっても可笑しくないことを書いてるのに、どこか別の世界で起こってることみたい。
 …それは、時間が流れてないからだと思うのよ。」
「……」
僕は返す言葉がなかった。
その通りだ。でも……
「私ね、雄くんの家に行ったとき、いろんな批評を読んだんだけど、
 批判してる人はみんな『リアリティがない』って書いてたの。だから、私なりに理由を考えてみた。」
彼女は僕の真っ直ぐな視線を受け止めきれなくなったみたいだった。視線をもう一度窓へと向ける。
「ごめんね、余計だったよね。」
「いや…そんなことは」
ない。
まともな批評と言うのを初めて手にした気分だった。
だけど…
「季節ってどう描けば良いのか、わからないんだ。」
「え…」
「わからないんだよ。」
僕は殆どの時間を、家での仕事か、大学の講義を聞くか、室内のバイトをするか、の三通りで過ごす。だから、
「小さい頃、雪遊びとかしなかった?」
「…」
「春はお花畑に行ったり、夏は海に行ったり…」
「……」
「秋は紅葉狩り、かな?」
「……したけど…」
何年前のことだろう。
両親と楽しく暮らして、友達と野原を駆け回った日々は。
だけど僕は、その薫りまでは覚えてない。
「なら、今から行こうよ。」
「え?」
「…今書いてるのは、来月号用…冬のお話でしょ?
 それなら、今の雪が降りそうで降らない世界の匂いも役に立つ筈じゃない?」
―― 折角のデートなんだから。
と彼女は笑った。
今日初めて見せる、彼女らしい明るい笑顔だった。
「…あぁ、良いよ。」
僕は手元のデータを保存し、ノートパソコンをケースに仕舞う。
大丈夫、帰ってきてからでも仕事はできる。だから…
「指摘、ありがとう。」
「そんな…。雄くんの小説、私、大好きだからさ。もっと沢山の人にも好きになってほしいんだ。」
彼女は少し赤くなって口篭る。可愛いな、と思った。
左側に立つと、彼女は僕の腕をぎゅっと握る。彼女の髪は陽だまりの匂いがした。
…陽だまりの匂い。
この匂いをどうやって言葉で表せば良いのだろう…
僕はそんなことを思った。



―― 落ちてきた白い妖精は僕の腕に当たるとふわぁと消えた。
   ゆっくりと息を吸い込むと、冷たい空気が肺に流れる。
   同時に、懐かしい冬の匂いが入ってきた。
   そうか、もう一年経ったんだ。


-----------------------------------------
後書き  (作:風名 2009.11.28 up:11.28 )

風名は高2の総合学習で、後輩さんたちと一緒にお話作りをしています。
で、
…いつかそれもサイトに載せたいと思いますが、
現在進行形で書いてるそれの影響を多大に受けてるなぁと思う文章になってしまいました。
台詞とかの使い回しがちらりちらりとありますotz

相も変わらずテスト期間ですが、
だって 課題研究の〆切がテスト期間なんだから仕方ないよね! と言い訳。
だからと言って、関係ない文章作る必要もないですけどね。

しかしまぁ…
デート中は仕事しないでほしいなぁ、雄くん。


戻る