*good morning*



クラシックのCD・・・ 今日はモーツァルトをBGMにコーヒーを飲む。
窓の外からは元気な鳥のさえずりが聞こえ、流れてくる風がカーテンを揺らす。
頬にかかった髪につられて、手元の小説から顔を上げた。
と、其処には青空。
雲ひとつ無い晴天が広がる。
朝の静かなひと時だ。
―― 今日も良いことありそう。
1人で小さく呟く。
少女はこの時間が大好きだった。
ふと時計に目をやる。デジタル卓上時計の表示は7:45。
今日の授業は二時間目からなので、まだまだ余裕。
ブラックコーヒーのお代りを用意しながら「みんなはどうしてるかな。」なんてことを考える。
一番の親友である彼女は、朝から新聞配達だろうか?
それとももう既に終わって、次の短時間バイトに取り組んでいるのだろうか?
ろ紙を取り出して、コーヒーメーカーにセットする。
机の上に置いたままの本が風に捲られた。
―― 読み終わるかなぁ?
数人の友人に貸してくれと頼まれている。
出来るだけ早く終わらせたかった。
あと56ページ。頑張れば終わらない量でもない。
何しろ時間はたっぷりとあった。
コポコポと音を立てながら、コーヒーがカップに溜まってゆく。
そうだ、冷蔵庫にクリームがあったかな。
少女は目当ての物をを取り出そうと後ろを向く・・・
と、その時
階上で何かが壊れるような大きな音が響いた。
続いてこの世の終わりを示すかのような絶叫。
少女の腕はピクリと動いたものの、しかしその動作を止めはしなかった。
動じる必要は無い。
毎朝のことだ。
今度はドンドンドンとかなり荒い足音が聞こえて来る。
少女は一瞬だけ視線を天井に向け、顔色も変えずに元に戻した。
慣れている。
入ったばかりのコーヒーにクリームを少量落とす。
黒と白の交わりがちょっとした芸術品のようだ。
少女はくるくると渦巻模様になるようにスプーンを動かした。
―― 今日も綺麗。
写真に写せばちょっとした絵になるのではないかなぁと思う。
それを楽しめるのが自分だけ、と言うのがまた最高だ。
立ち上る湯気に薫る香りに目を閉じる。
幸せだ。 本当に。
少女はそのままカップを手に元の席に戻った。
読みかけの本を開く。
と、ドタドタと激しい音をたてて二階から少年が降りてきた。
寝癖頭がピンピン立っている。
上半身は、まだ、何も着てない。
少女は顔を上げてそれを認めると、にっこりと笑いかけた。
「おはよ。」
「おはよ、ねーさ・・・って、ちょっとー見ないでよ〜」
少年は手に持っていたTシャツを慌てて身体の前に当てて恥ずかしそうに叫んだ。
「はいはい。」
「良いって言うまで顔上げちゃ駄目だからね。」
少年は念を押すように言葉を加える。
少女は言われるままに本に目を落とした。
弟の明るさには思わず微笑んでしまう。
「あ、良いよ〜。」
「はーい。」
真似をして返事も伸ばして返す。
朝からにっこりと笑っている弟の顔が其処にはあった。
「朝ごはん。」
「出来てるよ。」
再び席を立つと、流しの横に置いてあった目玉焼きを手に取る。
それからカウンターのバスケットからロールパンを三つそのお皿に載せた。
ついで食器棚からグラスを取り出し、牛乳を注ぐ。
「はい。」
「サンキュッ。」
少女の席の向かい側に座ると、少年はガツガツと食事を始める。
時計を見ると表示は8:05。
弟は典型的な小学校に通っているのだが・・・始業時間は8:30の筈だ
間に合うのだろうか?
不安に思いながらも、少女は自分の席に着いた。
「父さん、昨日も帰ってこなかったの?」
少年は一つ目のロールパンを口に押し込みながら問いかけた。
「うーん。そうみたい。
 大きな会議が近々あるらしいから仕方ないよ。」
少女は苦笑いを浮かべながら、そう答えた。
2人の父は、まぁ所謂エリートサラリーマンだ。
家庭より仕事を優先させる彼は、もう一週間ほど家に帰ってきていない。
「んーそっか。」
しかしそんな状況もざらなのだろう。
少年は対して気に留める風も無く相槌を打つ。
「母さんは?」
「なんか、良い案が思いつきそうだからって予定に無かったイタリアに寄ってるらしい。
 風来坊気質よね・・・あの人。」
母の方はデザイナーだ。
売れて・・・いるのだろうか?その辺の事情は少女には分からない。
けれど、新しいデザインの発想を求めて気紛れに何処かに行ってしまうことなんか伊達にある。
そんなこんなでこの家庭、姉と弟の二人暮しのような生活を送っていた。
「・・・ふーん。お土産、あるかな?」
此方も興味無さそうに少年が相槌を打った。
「あるんじゃない?何か頼んだの??」
「ひみつーっ!!」
怪しげに笑う弟には、何か裏がありそうだった。
詮索は、しない。
代わりにもう一度時計を見た。
「8時15分・・・間に合うの?」
「えー!!やべっ。」
まだ残っていた牛乳を流し込み、最後のロールパンを銜えて少年は立ち上がった。
「僕、今日の宿題まだ終わってないんだよー。」
「それ、大変じゃない。」
バタバタと階段を上がってゆく少年を目で追いながら、少女は声のトーンを少し上げる。
「大丈夫なのー?」
「へいきー!!隣の子に見せてもらうっ!!」
あれだけ自分は騒いでいるのに、少女の声を拾ったのだろう。
少年の声が階上から響いてきた。
くくっと思わず笑ってしまう。
蔑ろにされた事は無かった。
いつでもどんな時でも、少女の言葉には返事を返してくれる。
それが、両親が殆ど不在のこの家での、彼なりの気遣いなのを少女は知っていた。
健気なことだと思う。
家族にいちいち学校で起こったことを話す子供なんて、結構希少価値があるのではないだろうか。
こんな日々が続けば良いのに・・・ 
少女は心からそう思う。
その反面、
家族全員の時間が増えれば良いのに・・・
とも思っていた。
どちらが良いのか、結局の所はよく分からない。
少女がいつものように考え込んだ時、再び騒々しい音を立てながら少年は降りてきた。
靴下とランドセル、それからズボンを手に持っている。
「姉さーんっ、姉さん。僕の筆箱、何処か知らなーい??」
そんな声と共に。
少女は食卓を見回して、苦笑した。
「・・・机の上にあるよ。」
「あ、ホントだ。ありがと。」
少年は目に入った筆箱を乱暴にランドセルの中に突っ込む。
そしてそのまま玄関へと駆け出した。
「じゃいってき・・・じゃなかった。」
消えたと思った姿が直ぐに顔を出す。
「国語のノート切れちゃったんだけど。」
「ノートの替えは棚に入ってるけど・・・。」
少女は弟の代わりにカウンターの下に備え付けてある棚から水色のノートを一冊取り出した。
「はい。」
「どーもですっ。」
それも乱暴に鞄に詰めながら、少年は自分の横に置いてあるものに目を留め首を傾げる。
「えーと、靴下は履かなきゃ。
 で・・・ズボンは・・・ あ、そうだ。」
思い出したようにポンと手を打つ。
と次の瞬間、少年は急にもじもじしだした。
「・・・あのね。昨日久々に調子乗って、大きな滑り台で遊んでたらね・・・」
滑り台、でピンと来る。
小学校高学年の遊ぶ物ではない気もするが、しかしそこは敢てノーコメントで行こう。
「・・・ズボン、破れたの?」
「うん。」
少年の顔は真っ赤に染まっている。
ふふっ、と少女は笑った。
「分かった。机の上に置いといて。」
―― お母さんに見つかる前に縫っとくから。
「ありがとっ!!」
少年の表情がぱっと輝く。
・・・これで本を読み終わるのは無理だな
とか頭の隅で思ったけれど、全く気にならなかった。
「んじゃ今度こそ学校行けるわね。」
「うん。行ってくる。」
時計が指しているのは8:25。
急げばぎりぎりで小学校に着く、という感じだろうか?
ちょっとした郊外なので、車の通りには心配しなくて良いが・・・
「気をつけてね。」
玄関まで送る手前、一応決まり文句として声にする。
少年は、はいはい、と適当に答えながら靴を履いた。
「んじゃ・・・ あ。」
ドアノブに手をかけたところで、再び少年は立ち止まる。
「何か忘れたの?」
不安に思って、慌ててリビングに戻ろうとした。
しかし少年は首を振る。
「いや、そうじゃないんだ。」
「・・・」
それではなんだと言うのだろう。
少女の眸は戸惑い、空を漂った。
それを見て少年は微笑む。
そして、その答えを口にした。
「誕生日おめでと、姉さんっ!!」
満面の笑みで、彼は告げる。
少女は一瞬驚いて、そしてクスリと笑った。
と言うより、自然と笑みが零れた。
「ありがと。」
心から呟く。
「うん。帰りにケーキ買ってくるからね。
 父さんも母さんも帰ってこないみたいだしっっ。」
―― じゃ 行ってきまーす。
これだから憎めない。
大切な弟は、これだから家族なのだ。
少女はドアの鍵をかけながら1人微笑む。
ズボンの補修作業をしなければならない。
・・・ モーツァルトよりエルガーの気分かな。
少女はゆっくりと部屋の奥へと戻っていった。
風がそよりと家の中を駆ける。
時間はまだ、朝だった。



Happy Birthday to you....


-------------------------------------------------------------------------------------
後書き  (作:風名 2007.6.12 up:6.13 )

こえだちゃんハピバです。いやー 当日に準備したくせに UPする暇が無かった。(苦笑)
というわけで、こえだちゃんへの捧げ物。

これからもよろしくお願いします。

こえだちゃん限定でお持ち帰りOKですっ


戻る